トンネル効果
トンネル効果(あるエネルギー粒子がそのエネルギーより高いエネルギー障壁を透過する現象)とは、古典力学の観点では越えられないはずの障壁を粒子がすり抜けるように通過する量子力学的な現象である。半導体デバイスをはじめ、核融合反応や走査型トンネル顕微鏡(STM)など、さまざまな領域で応用されており、ミクロの世界における非直感的な性質を体現している。本稿ではトンネル効果の基本原理や実用例、さらにその発見から応用までの展開を概説し、量子力学において重要な意味をもつ点を探っていく。
トンネル効果の背景と歴史
トンネル効果は、量子力学の成立期に理論的に示唆され、後に実験的にも確認されたものである。初期の研究では放射性崩壊においてアルファ粒子が原子核のポテンシャル障壁を越える仕組みを説明するために導入され、これが量子力学の枠組みで理解される端緒となった。古典力学ではエネルギーが障壁の高さより低い粒子は通過不可能とされていたが、波としての性質を同時に有する量子粒子は障壁をすり抜ける確率が一定の割合で生じると解釈された経緯がある。
量子力学における解釈
粒子を波動関数として扱うシュレーディンガー方程式を解くと、障壁内部においても波動関数が指数関数的に減衰しつつ存在する解が得られる場合がある。この減衰波が障壁を抜けた先でも再び立ち上がることで、粒子の検出確率が障壁の向こう側に現れる結果となる。このように、粒子の位置や運動量が確率的に記述される量子力学では、障壁を越える「抜け道」が存在し得ることになる。障壁が高いほどトンネル透過率は極端に低くなるが、障壁の厚みや形状によっては測定可能な割合でトンネル現象が観測される。
半導体デバイスにおけるトンネル効果
トンネルダイオードやフラッシュメモリの動作原理など、半導体分野ではトンネル効果が利用される例が多い。トンネルダイオードでは、P型とN型半導体が強いドーピングによって接合されており、バイアスをかけることで電子が障壁をトンネル透過し、特異な電流-電圧特性を示す。この特性を利用して高周波発振や超高速スイッチングを実現している。フラッシュメモリでは、浮遊ゲートに電子をトンネル注入させたり、また逆向きにトンネル放出させたりすることで書き込みや消去を行う構造が取り入れられている。
核融合反応との関わり
太陽内部で起こっている核融合反応も、粒子間の静電反発という高い障壁をトンネル効果によって部分的に乗り越えているとされる。核子同士は強いクーロン力で反発し合うが、量子力学的なトンネルが生じることで核力が働く距離まで近づき、融合が起こる余地が生まれる。この現象がなければ、太陽や恒星内部で現在のような核融合は進行しづらいと考えられている。
走査型トンネル顕微鏡(STM)への応用
STMは導電性の探針を試料表面に極めて近づけ、わずかに電圧をかけることで生じるトンネル電流を測定しながら探針を走査する装置である。探針と試料間の距離によってトンネル電流が指数関数的に変化するため、表面原子レベルの微細な凹凸を高分解能で可視化できる。この方法は非接触に近い状態で計測を行うことが可能であり、表面の原子配列や欠陥、吸着分子の観察にも活用されている。STMの発明はナノテクノロジーの大きな発展をもたらした一例である。