トリクロロエチレン|塩素系溶剤であり環境と健康への配慮が欠かせない

トリクロロエチレン

トリクロロエチレンとは、分子式C2HCl3を持つ有機塩素化合物であり、さまざまな工業製品の洗浄剤や溶媒として利用されてきた化学物質である。揮発性が高く、脱脂洗浄などの用途に適している一方で、健康や環境に対する影響が懸念される有害性も指摘されている。近年では法的規制が強化され、使用や廃棄時の扱いが厳格化されているが、過去に不適切な管理が行われた場所では土壌や地下水の汚染が問題化しており、浄化対策やリスク評価が社会的な課題となっている。

化学的性質

トリクロロエチレンは無色透明で独特の甘い香りを持ち、水にはほとんど溶けないが、有機溶媒とはよく混ざる性質を示す。融点は約−87℃、沸点は約87℃であり、常温常圧で気化しやすい揮発性を持つ。塩素原子を3つ含む構造ゆえに安定性が高く、自然条件では分解されにくい。このため大気や土壌、地下水に放出されると長期にわたって環境中に残留しやすい点が問題視されている。

主な用途

トリクロロエチレンは金属部品の脱脂洗浄剤として広く使われてきた。自動車や航空機、精密機器などの部品生産において、表面の油脂や汚れを迅速かつ効率的に除去できる利点がある。またドライクリーニング用の溶剤としてもかつて利用されていたが、塩素系溶剤の健康影響や環境汚染が社会問題化するにつれ、別の洗浄剤へ置き換える動きが進んだ。近年では法規制や代替技術の普及により、国内外での使用量は減少傾向にある。

健康への影響

揮発性が高いため吸入経路で体内に取り込まれやすく、高濃度のトリクロロエチレンを長時間吸引すると、中枢神経系への障害や肝障害などを引き起こす可能性があるとされる。また、作業現場で不十分な換気や防護策のもとで使用を続けた場合、慢性的な曝露によって頭痛やめまいなどの症状が現れることも報告されている。国際がん研究機関(IARC)は、トリクロロエチレンをヒトに対する発がん性がある物質(Group 1)と分類しており、事業者や作業従事者には特段の注意が求められている。

土壌・地下水汚染

トリクロロエチレンによる土壌汚染や地下水汚染は、かつて不適切に廃棄された溶剤や、長期間にわたる流出の蓄積によって生じるケースが多い。地層の深部まで達した汚染は自然分解されにくいため、掘削除去やポンプによる地下水回収、バイオレメディエーションなどの大規模な対策を要する場合がある。また、汚染が顕在化した地域では住民の健康リスクを調査し、安全に利用できるよう土壌浄化や飲用水源の切り替えを行うなどの対応が急務となっている。

規制と管理体制

日本においては、トリクロロエチレンは大気汚染防止法や水質汚濁防止法、土壌汚染対策法など複数の法律の規制対象となっている。排出基準や使用量の報告義務、廃液処理の方法などが細かく定められており、事業者が遵守しなかった場合には行政指導や罰則が科されることがある。さらに国や自治体は汚染が疑われる工場跡地での立ち入り調査や、地下水モニタリングを行い、安全を確保するための管理体制を整備している。

代替技術と今後の課題

近年は環境負荷を低減する洗浄技術の開発が進み、水系洗浄剤や炭化水素系溶剤などがトリクロロエチレンの代替候補となっている。しかしながら用途や処理能力、コスト面での課題が残り、一部の産業では依然として塩素系溶剤を利用するケースがある。今後は作業現場における曝露防止策をさらに徹底するとともに、汚染された土壌や地下水の浄化技術を高める必要がある。また、使用や排出の実態を的確に把握し、地域住民への情報公開やリスクコミュニケーションを強化することが求められている。

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