スコータイ朝|メナム川中流域のスコータイで栄えたタイ族の王朝

スコータイ朝

スコータイ朝(1257頃~1438頃)は、13世紀の半ばに、メナム川中流域のスコータイで栄えたタイ族の王朝である。現代のタイの文化の基礎である小乗仏教やタイ文字が作られた。

スコータイ朝

半島の中央部で、現代のタイの土地には、モン人やクメール人がいたが、クメール王国が衰え始めたところに、雲南方面からタイ人が南下し、メナム川中流域に最初の王朝であるスコータイ朝を創始した。

スコータイ朝スコータイの仏像

スコータイの仏像は頭は卵形で、頭の先端には光り輝くエネルギーの炎があり、目は半分あけ、鼻はオウムのくちばしのようで、口は穏やかな微笑みをたたえ、丸くきれこんだ顎をもつことを特徴とする。

宋胡録焼

スコータイ朝のタイでは、中国から伝わった製陶技術の影響の元に多数の窯が開かれた。タイ陶磁の伝統はその後の時代にも継承され、作成された陶器・磁器は世界の各地に輸出されている。日本では、宋胡録(タイ中部の地名スワンカロークの訛り)で呼ばれ、茶人に珍重された。

ラーマカムヘン

ラーマカムヘン(位1275頃~1317頃)が王位についたとき、王朝の勢いが最盛となる。ラーマカムヘンの王朝では上座部仏教が保護され、寺院や塔が建てられ、仏像が多数作られた。

アユタヤ朝

1350年に南方でアユタヤ朝がおこると、スコータイ朝の衰退が始まった。