シュリーヴィジャヤ王国|東南アジアの島々の海域で栄えた島国

シュリーヴィジャヤ王国

シュリーヴィジャヤ王国は7世紀ころスマトラ島におこった王国で、9世紀半ば以後にはジャワから移ったシャイレーンドラ系の王統のもとで栄えた。東南アジア海上の島々のひとつで、西暦紀元の初めよりインドの諸王朝との交易をつうじてインド文化を受けた。

シュリーヴィジャヤ王国の領土

シュリーヴィジャヤ王国の都はスマトラ島東部のパレンバン付近にある。海上交通の要路マラッカ海峡とスンダ海峡を抑え、マレー半島南部を領土に加え、ジャワを支配した。さらにカンボジア・チャンパーへも遠征軍を送っている。

中国との交流

大乗仏教が栄えて、唐の僧義浄はインド旅行の往復ともにシュリーヴィジャヤ王国に立ち寄り、『南海寄帰内法伝』にはシュリーヴィジャヤ王国の様子が書かれている。唐・宋とも通交し、唐代には室利仏逝、宋代には三仏斉として呼ばれた。

衰退

南インドのチョーラ朝の海軍の来寇(1025)が大きな打撃を与え、その後一時復興するものの衰退していった。