サーミスタインラッシュ
サーミスタインラッシュとは、電源投入直後の突入電流を抑制するためにNTCサーミスタを直列に挿入する手法である。主にAC-DCスイッチング電源やモータ駆動回路で、整流後のバスコンデンサが未充電のため低インピーダンスとなり大電流が流れる現象に対して用いられる。NTCは低温時に高抵抗であるため起動直後の電流を制限し、通電で自己発熱して抵抗値が低下することで定常時の損失を抑えるという熱-電気連成の特性を利用する。
原理と動作
NTCサーミスタは温度係数が負であり、R(T)は一般にR=R0・exp{B(1/T−1/T0)}で近似できる。投入直後は素子が冷えておりRが大きく、整流ブリッジおよび大容量コンデンサに向かう電流を制限する。数百ms〜数sで自己発熱により温度が上がり、Rが低下して定常損失が減る。これによりブリッジダイオード、コンデンサ、ヒューズ、スイッチ素子のストレスを低減する。
突入電流の発生メカニズム
AC入力は整流後にDCリンクを形成し、バスコンデンサCが未充電なら理想的にはI≈V/R配線として大電流が流れる。実際は線路インピーダンス、トランスやラインインダクタンス、コンデンサ等価直列抵抗(ESR)などが寄与するが、初期電流は数十A〜数百Aに達しうる。NTCを直列に置くと、初期抵抗が電流を制限し、dV/dtを緩和してEMI悪化も抑えやすくなる。
素子選定の基本手順
- 定常電流Irmsの見積り:負荷最大時の入力電流から決める。
- 許容エネルギー(J定格):投入時に吸収するエネルギーEは近似的に0.5・C・V2で見積る。J定格はEの1.5〜2倍程度の余裕を取る。
- 初期抵抗Rcoldの選定:目標突入電流Iinrushに対してRcold≈V/Iinrushを目安にする。
- 定常損失の確認:P≈Irms2・Rhot。放熱条件で温度上昇を許容範囲に収める。
- 繰返し投入・ライン条件の評価:電源再投入や低温起動、電圧サグを想定してマージンを見る。
ホットリスタートと低温起動
短時間停電後に再投入するとNTCがまだ高温でRhotのままであり、突入電流が十分に制限されない恐れがある。対策としてはバイパスリレーで一定時間後に短絡する方式や、NTCを二段化して熱容量を稼ぐ方法が挙げられる。一方、低温環境ではRcoldが上がり過ぎて起動時間が延び、ソフトスタートと干渉する場合があるため、温度レンジ全域での評価が必要である。
バイパス回路の実装
定常損失と温度上昇を抑えるため、NTCを起動完了後に短絡するバイパスを用いる実装が広く行われる。一般にリレー、ソリッドステートリレー、トライアックなどを用い、コンデンサ電圧検出やタイマにより適切な遅延(数百ms〜数s)で投入する。これにより効率改善と発熱低減、ホットリスタート時の確実な制限が両立できる。
レイアウトと安全性
サーミスタは自己発熱素子であるため、筐体内の熱流れ、隣接部品との距離、基板のクリアランスを十分に確保する。高温部品(ブリッジ、パワー抵抗)との相互加熱は抵抗値を予定より下げ、突入制限効果を弱める。また一次側に配置する場合はトラッキングや沿面距離の安全要求を満たすこと、温度ヒューズやサーミスタの破断モードを考慮した保護設計が望ましい。
簡易計算例
例としてC=220 µF(=2.2×10−4 F)、V=325 V(230 V系の整流後ピーク)とすると、E≈0.5・C・V2≈0.5×2.2×10−4×(325)2≈11.6 Jである。J定格は少なくとも20 J級を選び、Iinrushを30 A程度に抑えたいならRcold≈V/I≈325/30≈10.8 Ωが目安となる。実機ではライン抵抗やESR、温度条件を含めて再計算する。
設計チェックリスト
- ライン条件:最小/最大AC電圧、周波数、公称/低温でのR特性。
- 熱:Rhotでの定常損失、周囲温度、放熱経路、筐体の通気。
- 信頼性:繰返し投入回数、サージ(雷インパルス)同時印加時の挙動。
- 互換性:ソフトスタート、PFC、プリチャージ回路との整合。
- 試験:突入電流波形、整流ダイオード電流、コンデンサリップル、温度上昇。
他方式との使い分けの要点
大容量Cや高出力では、抵抗とリレーによるプリチャージやアクティブソフトスタートを用いる場合がある。NTCは部品点数が少なく低コストである反面、温度依存とホットリスタートの課題がある。設計目的(効率、コスト、耐久、環境温度レンジ)を踏まえて最適化することが重要である。
実務上のヒント
NTCの直径は熱容量とR特性に影響するため、実装空間と許容温度を踏まえて選ぶ。インラッシュ波形は整流方式やPFC有無で大きく変わるので、実機計測でピーク電流と立上り時間を確認し、必要に応じてバイパス遅延を微調整する。安全規格や絶縁要件、クリアランス/沿面距離は初期段階で設計に織り込むべきである。
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