キルケゴール|哲学と思想,『死に至る病』

キルケゴール

キルケゴールは、デンマーク出身の神学者、哲学者、実存主義者である。主著は『あれか、これか』『反復』『哲学的断片』『不安の概念』『死にいたる病』である。厳格なプロテスタントの家庭で厳格なキリスト教教育を受ける。キルケゴールは自己存在の独自性を「例外者」の自覚から認識し、万人に通じる客観的真理ではなく、自己にのみかかわる主体的真理を求め、不安と絶望のなかで真の自己(実在)への道を模索した。彼は快楽に喜びを得る美的存在、倫理的道徳的な生活を送る倫理的実存をへて、神の前に“単独者”として生きる宗教的実存に至るとした。このように自己存在の独自性を弁証法的に説明した。(キルケゴールの実存主義,キルケゴールの著作

キルケゴール

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キルケーゴールの生涯

1813年、デンマークの首都コペンハーゲンで毛織物商の裕福な家に生まれた。父は学者や芸術家を支援を続け、町の名士として名を上げていた。子どもの頃は、感受性が鋭く、いつも一人で過ごしていた。父親の影響から、ルタ—派プロテスタントとしての厳格な宗教的教育を受けた。幼い頃からキリスト教育を受け、1830年、息子を牧師にしたいという父の希望により、コペンハ—ゲン大学神学部で神学や哲学を学ぶ。
1835年、キルケゴールが22歳の頃、敬愛していた父が先妻が病床にあった時、女中(後のキルケゴールの母)と不倫の関係にあったことを知ったことを知る。父の秘密と自己の罪深さに悩み苦しみ、彼はこの衝撃的な経験を「大地震」と呼ぶ。キルケゴールは絶望と自己嫌悪を苦しむが、一方でこの原体験の上に、本来の自己を実存として発見し、主体的真理を得るための思索の出発点となった。「大地震」は苦悩の根源であると同時に彼自身の哲学の源泉でもあるといえる。
その後、その後しばらく、酒場に出入りして享楽をつくす放蕩生活を送り、1837年、キルケゴールが24歳の時、レールダム家で、当時14歳の美貌の少女レギーネ=オルセンと知り合い、彼女が27歳の時に婚約する。しかし、自己の罪深さへの反省や、彼女への愛が真実のものであり得るかという内面的な苦悩から、翌年、一方的に婚約を破棄した。以後、彼は、レギーネへの愛を内に秘めながらも哲学研究と著作の執筆を行い、代表的である『あれかこれか』(1843)、『死に至る病』(1855)を出版するに至る。大衆的な週刊の風刺新聞『コルサール』の中傷を受け、また、デンマーク国教会の偽善性をきびしく糾弾して、論争を展開した。1855年、教会との激しい論戦の中で身心ともに消耗し、路上で意識を失って倒れ、42歳で死去した。

本来の自己のあり方

キルケゴールは本来の自己のあり方を実存と見なし、弁証法的に発展すると考えた。三段階とは美的実存、倫理的実存、宗教的実存のことである。まずは美的実存を生きるが、それが否定され、次に倫理的実存を目指すものの挫折し、最終的には宗教的実存に生きる、という弁証法的に説明した。(参考:キルケゴールの実存主義

美的実存、倫理的実存、宗教的実存

美的実存:美的対象に憧憬(どうけい)を抱き、享楽的生に本来の自己のあり方を見いだすが、倦怠(けんたい)や堕落(だらく)により絶望に陥る。
倫理的実存:人間としての正しい生き方を倫理的実存に求めるが、行為の不完全性のゆえに悔恨から絶望に陥る。
宗教的実存:自力で本来の自己のあリ方を見いだすことが不可能であることを悟リ、信仰に救いを求め,神と自己との関係のあり方に本来の自己のあり方を見いだす。
(参考:キルケゴールの実存主義

主体的真理

主体的真理とは、キルケゴールが探究した、自己にとっての生き方を示す固有の真理のことである。へーゲルを始めとする西洋の哲学の諸体系の研究を積んだ結果、西洋哲学の諸体系を普遍的・客観的な科学的真理を探究する学問であるした。従って、その体系の中では、主体的真理を得ることは期待できない。キルケゴールは、自分がそのため に生き、かつ死ぬことを願うような埋念を見いだすことが、神が自己に与えた使命であると自覚した。キルケゴールにと って、神と自己との関係のうちに本来の自己(実存)が見出されたのであった。

キルケゴールからの引用

もともと私に欠けているのは、私がなにをなすべきかについて、私自身で決着をつけることなのである。それは、私がなにを認識すべきかについてではない。もちろん、あらゆる行為には、ある認識が先行すべきだということは別としてである。問題は、私の使命を理解すること、私がなすべきこととして神がそもそもなにを欲しているのかを知ることである。重要なのは、私にとって真理であるような真理を見出すこと、私がそのために生き,かつ死ぬことを願うような理念を見出すことである。いわゆる客観的真理を私が発見したとしても、それが私になんの役に立つというのか。哲学者たちの諸体系を研究しつくして、求められる場合には、それについての論評を書き、その一つ一つの円環の中にある不整合を指摘できた
としても、なんの役に立つというのか。

絶望の3類型

「絶望」には3類型がある。
1.絶望して,自己をもっていることを意識し ていない場合-非本来的絶望-自己喪失による絶望。
2.絶望して,自己自身であろうと欲しない場合-自己嫌悪による絶望。
3.絶望して,自己自身であろうと欲する場合-自己自身であることができないことによる(キリスト者の)絶望。

絶望

絶望

キリスト者にとって神と自己との関係は永遠に続く関係であるため、一時的な死である肉体的な死に比べて、死ぬことができない絶望のため、キリスト者の絶望はより一層深刻なものである。神との関係性に気付いた自己が精神的な意味で死ぬこともできず、キリスト者として正しく生きることもできない。従って永遠にこの苦悩ととともに存在することとなる。

絶望:『死にいたる病』からの引用1

絶望は精神における、すなわち自己における病であり、そこでそこに三様の場合が考えられうる。——絶望して、自己をもっていることを意識していない場合(非本来的な絶望)。絶望して、自己自身であろうと欲しない 場合。絶望して、自己自身であろうと欲する場合。

絶望:『死にいたる病』からの引用2

「死に至る病」というこの概念は特別の意義のものと考えられなければならない。普通にはそれはその終局と結末とが死であるような病の謂い(意味)である。そこでひとは致命的な病のことを死に至る病と呼んでいる。
そういう意味では絶望は決して死に至る病とは呼ばれえない。それにキリスト教の立場からすれば、死とはそれ自身生への移行である。その限りキリスト教においては地上的な肉体的な意味での死に至る病などは全然考えられえない。むろん死が病の終局に立っているにはちがいないが、しかし、その死が最後のものなのではない。死に至る病ということが最も厳密な意味で語らるべきであるとすれば、それは、そこにおいては終局が死であり死が終局であるような病でなければならない。そしてまさにこのものが絶望にほかならない。
だが、絶望はまた別の意味で一層明確に死に至る病である。この病では人は断じて死ぬことはない(人が普通に死ぬと呼んでいる意味では)-換言すればこの病は肉体的な死をもっては終らないのである。反対に、絶望の苦悩は死ぬことができないというまさにその点に存するのである。

例外者

キルケゴールの思索は「例外者」の意識を出発点として実存(本来の自己のあり方)への思索を行う。「例外者」とは一般的な生活や価値観から投げ出された存在のことをいう。キルケゴールが求めた主体的真理は「例外者」として自己の外部ではなく内部にむけて得られるべき真理であった。

単独者

キルケゴールは例外者から思索をはじめ、神の前にひとり立つ「単独者」としての自己のあリ方にいきついた。「単独者」とは、キリスト者一般のあり方ではなく、キルケゴールのみに妥当し得る個人的主体的あり方である。絶望を克服するため、本来の自己のあり方を宗教的実存に見いだしたキルケゴールが、キリスト者として生きる自己に対して名づけたものであり、自己がひとり、神の前に立ち、自己の信仰の正しさを問うあリ方である。
そこでは神の愛に包まれる喜びと、絶えず神の前で自己の信仰の正しさを証明しなければならないという苦悩とが表裏一体となった、宗教的な意味における自己矛盾の状態に自己が放置されることを意味する。
自己と神との関係において、自己の信仰の正しさを証明しなければならないのは自己であリ、それを追求し、認めるのは神のみである。キルケゴールのいう単独者は、一般者ではない自己のみがひとり神の前に立つことができるという意味において、例外者に通じるといえる。(参考:キルケゴールの実存主義

単独者

単独者

「あれかこれか」

「あれかこれか」とは、主体的な生き方を表す言葉である。人生を真に生きるということは、自己の責任において、「あれかこれか」、ひとつの行動を決断することである。キルケゴールにとっては宗教的実存、神と自己との関係に本来の自己を見出すことであった。

「あれかこれか」からの引用

キルケゴールにとつてアブラハムの宗教的義務の遂行は、自己と神との関係によってのみ信仰を証明した。アブラハムの信仰体験を、キルケゴールは自身の単独者としての宗教的実存と通じている、とみた。

アブラハムが普遍的なものを踏み越えたのは、民族を救うためでもなく、国家の理念を主張するためでもない。また怒れる神を宥めるためでもない。もしかりに神が怒っていたということが言えるとしたら、神はただアブラハムひとりに対して怒っていたにすぎないであろう。そして、アブラハムの行為全体は普遍的なものとなんらかかわりをもたず、純粋に私的な企てなのである。してみると,悲劇英雄はその人倫的な徳によって偉大であるのに、アブラハムは純粋に個人的な徳によって偉大なのである。アブラハムの生涯において、父は子を愛すべきである、という表現より以上に高い倫理的なものの表現はない。

アブラハムは、いったいなぜ、あのようなことをするのか?神のために、またそれとまったく同じことであるが、彼自身のためにするのである。神のためにするというのは、神が彼の信仰のあのような証明を要求されるからであり、彼自身のためにするというのは、彼がその証明をなしえんがためである。これら二つのものの統一は、この関係を示すためにつねに用いられてきたことば、それは試練である。試惑(まどわし)である、ということばのうちにまったく適切に表現されている。試惑(まどわし)、しかしこれは何をいうのであろうか?ふつう人を試惑すものとは、もちろん自己の義務を果たすことを妨げるもののことである。ところがここでは、倫理的なものそれ自身が試惑(まどわし)であって、これが神の意志をおこなおうとする彼を妨げるのである。しかしそれでは義務とは何なのか。義務とはまさしく神の意志の表現にほかならないのである。

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