ジャン・カルヴァン|プロテスタント,宗教改革

ジャン・カルヴァン Jean Calvin 1509年7月10日-1564年5月27日

ジャン・カルヴァンは、スイスのジュネーヴで活動した、フランス出身の宗教学者。主著はキリスト教綱要』”>『キリスト教綱要』(1536年)。1509年にフランスの司教都市ノワヨンのピカルディに生まれる。若い頃、法学や神学を学び、人文主義的教養を身につけた。プロテスタントに改宗し、フランスでのプロテスタントの迫害を逃れるためにスイスのベーゼルに亡命した。このとき、キリスト教綱要』”>『キリスト教綱要』を刊行する。友人のファレルの要請によってジュネーヴにとどまり、教会改革に着手した。市当局と対立して追放され、ストラスブールに移ったが、まもなくジュネーヴに復帰し、プロテスタント教会の指導者となった。ジュネーヴの協会規則を策定し、信者の生活規律を厳格にし、教会を中心にした市民政治を指導した。聖書の教えに基づく理想的なキリスト教都市の実現に努力しつづけた。

カルヴァン

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カルヴァンの生涯

フランス北部のノワイヨンで生まれる。父は公証人で中産階級にあたる。14歳でパリ大学に留学し、哲学や神学を学んだ。かってエラスムスイエズス会を作ったイグナティウス・ロヨラも学んだ名門学寮モンテーギュ学寮にはいり、自分主義的教育を受ける。1528年にパリを離れ、オルレアン大学に移り、自分主義に加えて法学を本格的に勉強し始める。29年にはローマ法の研究で有名なブールジュ大学へ移り、翌年、法学の学士をとった。1530年代にはいると、セネカの『寛仁について』の注解に勢力を注ぎ込んでいく。1533年、親友ニコラ・コップのために演説の原稿を書いた(諸説あり)が、この演説は、エラスムスの『校訂新約聖書』の序文などを利用した、「キリストの哲学」を述べる、硬直化したカトリック教会を批判したものであったため、告発され、ニコラ・コップとともにスイスに逃亡した。(ニコラ・コップ事件)1535年、神学を学ぶためバーゼルに移り住んだ。バーゼルでは、アウグスティヌスをはじめ、多くの書物を手にし、神学者として独自の道を歩むこととなる。1年間ここで学び、カルヴァンの主著であるキリスト教綱要』”>『キリスト教綱要』の初版を刊行する。わずか数百項であったが、生涯を通して加筆・改稿を続けることになり、その結果、プロテスタントの宗教改革のもっとも重要な著作となる。キリスト教綱要』”>『キリスト教綱要』の出版後は公妃ルネ(1510-1574)と出会い、助言者の役割を担い、膨大な書簡を交わす仲となる。
 キリスト教綱要』”>『キリスト教綱要』の初刊が出版された1536年、カルヴァンがフランス、ジュネーヴに到着する。この知らせを聞いたファレルはカルヴァンにジュネーヴにとどまり、同市の宗教改革を手伝うよう、強引に迫った。不服ながらカルヴァンは教師としてジュネーヴにとどまり、教会気息の麺でファレルを補佐した。1538年、二人は、教会訓練の問題をめぐって小参事会との対立に陥り、回顧去っる。ファレルはベルンに戻り、カルヴァンは本来の目的地であるストラスブールへの旅を続け、宗教改革者マルティン・ブツァーの監督指導のもとでフランス人亡命者教会の牧師に任命された。また1540年、イドレット=ド=ヴィルと当時禁止されていた牧師の結婚を行う。1541年 再びジュネーヴに戻り、教師としての役割や神聖政治を行う。また神学的書物をフランス語で書くなど、精力的にプロテスタント運動を行った。カルヴァンは知性と道徳的権威を持ち続け、1564年、ジューネヴで死去する。

カルヴァンの略年

1059年 フランスのノワイヨンで生誕
1523年 パリに留学し、ルターの思想の影響を受ける。
1531年 ブルージュ大学卒業。
1533年 コップ演説事件でスイスに逃走。
1534年 檄文事件が起こる。
1536年 キリスト教綱要』”>『キリスト教網要』出版。ローザンヌ公開討論会にて説教を行う。
1538年 宗教改革運動をはじめたことから、ジュネーヴを追放される。
1540年 イドレット=ド=ヴィルと結婚。
1541年 再びジュネーヴに入り、神聖政治開始。
1542年 『魂の眠りについて』出版
1559年 ジュネーヴの市民権獲得。
1564年 ジュネーヴで死去。

予定説

カルヴァンは、神の絶対的な主権をとなえ、救いはすべて神の意志によって予め定められており(予定説)、人間の善行は救いには一切かかわらないと否定した。人間はまだ神の予定に服従し、みずからを神の 意志を実現する道具として、神の栄光のために奉仕するべきである。

我々が「予定」とよぶのは神の永遠の決定があって、これによって個々の人間において実現させようと欲したもうたことを御自身のうちに定めたもうたのである。すなわち、万人は均一の状態に創造されたのではなく、ある者は永遠の生命に、永遠の断罪に予め定められた。そのように銘々は別々の目標に向けて造られているから生命に予定された、あるいは死に予定されたと我々は言う。(『キリスト教要綱』 カルヴァン)

召命(天職)

人間を神の栄光を増すために想像された存在とみなし、神の意志にかなう生き方とは、信仰と神の意志に従って誠実に生活することであると考えた。そして、神の与えた世俗の職業は、神聖なるものである。このように職業は、一人ひとりに与えになった使命(召命)であり、神に奉仕する場であるから、みずからの職業に全力で取り組み、神の栄光を実現することにある。(職業召命観

資本主義への影響

カルヴァンの思想は、キリスト教的に否定されてきた利潤や利子をとることをみとめるなど、資本主義の発展に大きな役割を果たした。アメリカ合衆国の独立やその後の発展の影響も与えた。アメリカ建国期における困難の克服や理想国家の建立、経済的な成功は宗教的動機による。社会学者のウェーバーは、カルヴァン主義の広まりの中で、人びとが救いの証を得るために世俗の職業に禁欲的に励み、利潤を蓄積したことが、近代資本主義の精神を生む要因となったと説いた。