ウィトゲンシュタイン|思想と哲学,語りえぬものへの沈黙

ウィトゲンシュタイン Ludwig Josef Johann Wittgenstein

ウィトゲンシュタインはドイツの哲学者。分析哲学者。主著『論理哲学論考』、『哲学探究』。人間は言語によって真理を述べ、これが事実として成立するのは論理の真偽の分析による。このようにしてウィトゲンシュタインは、事実の成立について論理記号を駆使して分析する分析哲学の手法を確立した。晩年の著作『哲学探究』においては、言語の論理を言語ゲームとして分析し、トランプのジョーカーがゲームによって異なる意味を有するように、事実の成立が必ずしも普遍的とはなり得ないことを究明した。

ウィトゲンシュタイン
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ウィトゲンシュタイン
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ウィトゲンシュタイン

ウィトゲンシュタインはオーストリアのウィーンに生まれ、14歳まで家庭で教育を受けた。当初はベルリン工科大学で航空工学を学ぶが、数学と論理に興味を持ち始める。1911年、ケンブリッジ大学のラッセルの下で数理哲学を学ぶ。第一次世界大戦、オーストリア軍に従軍中に生前に書きためた断章をまとめて、言葉の論理を分析した『論理哲学論考』を出版した。その著作で彼は、「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」と述べ、人間の思考の限界を、言語の限界として設定し、「倫理」や「価値」については「語り得ぬもの」として人間の思考を超えたものであり、言語の論理によっては説明不可能であると考えた。この書により、すべての問題は解決されたと信じて哲学から離れたが、数年後にケンブリッジ大学に戻って哲学研究を再開し、ゲームをモデルとして日常言語を分析する言語ゲームの概念をとなえた。言語は論理によってではなく、日常生活を基盤にして成り立つものとされる。

写像理論

現実の世界はひとつひとつの事実の集合である。一方で言語は科学的な文の集まりである。これらが1つの事実と1つの言語は鏡のように1対1の対応関係が成り立っている。これを写像理論という。写像理論を前提とすれば、1対1で対応しているので、これら文を分析していければ世界の分析が可能である、と考えた。

ウィトゲンシュタイン
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「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」

『論理哲学論考』は「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」でしめくられる。ウィトゲンシュタインの前期の思想では、言葉と現実の事象とは、正しい対応関係を持っている。(写像理論)が、神や道徳など現実の事実と対応しておらず、このような形而上学は、言語によっては論理的に確認することはできない。従来の哲学は、そのような「語りえぬもの」つまり形而上学について語ろうとする矛盾を犯してきたのであり、我われは、神や道徳など語りえないものには沈黙を守るべきである。

『論理哲学論考』から『哲学探究』へ

ウィトゲンシュタインは言葉を研究対象とし、言語を分析することよって哲学的問題の解決を試みた。前期の『論理哲学論考』では、言語は世界全体を写し出す鏡であるという写像理論が説かれる。世界は、事実の集合体であり、その事実を写し出す言語と事実のあいだには、一対一の対応関係が成り立つ。『論理哲学論考』によって、「語り得ぬものは沈黙せざるを得ないと」し、哲学は終わったと考えた。
しかし、後期になって、『哲学探究』では、一転して写像理論は否定され、言語は事実をさし示すものではなく、日常生活における人びとの交渉の中で機能するものとされる。
たとえば、「赤い五つのリンゴ」という言葉は、その注文を受けた果物屋の店員が、リンゴの箱から赤いものを5つ取り出して客に渡すという日常の行為をあらわし、そこには「赤」「五」「リンゴ」の定義や説明は必要ない。日常会話は、その中で生み出されるルールにしたがって行われるゲームに類似したものとして、言語ゲームと呼ばれる。

言語ゲーム

言語ゲームとは、後期ウィトゲンシュタインの用語で、日常的な生活を基盤として成り立っている会話である。会話は、日常生活のルールにしたがい、その脈絡の中で成り立っている。会話という言語ゲームの規則は、他者と共有された日常生活に内在しており、我われは会話のゲームをしながら、生活や習慣の中で自然にルールを習得する。第三者からの説明することはできず、ゲームのルールを理解することはできず、ルールをとらえようとする行為自体が一つの言語ゲームとして、多様な言語ゲームの一部をなしている。言語の意味は生活における言語の「使用」から生まれ、言語ゲームに参加しながら、言語のルールを学ぶより他ない。

ウィトゲンシュタイン
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確実性

ウィトゲンシュタインの説く、確実性という概念は、「他のなにものによっても基礎づけられない信念」や「われわれが営む行為そのもの」を意味する。諸々の学問や実践は、絶対確実な第一原理を基板として行われるため、われわれはある枠組みを前提として考察しなければならないと批判した。したがって、学問や実践の場面が変われば、その枠組みが懐疑の対象となるということも起こりうる、とした。このウィトゲンシュタインが提示した、新しい確実性の概念は、真理を目指すデカルトが説いた確実性が反省を促された。

「動かぬものは、それ自体がはっきりと明瞭に見て取られるがゆえに不動なのではなく、そのまわりにあるものによって固定されているのだ」(『確実性の問題』)

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