『神曲』ダンテ

『神曲(La Divina Commedia)』 ダンテ

『神曲』はルネサンス期に活躍したダンテ・アリギエーリの代表作。ベアトリーチェとの精神的な愛、当時の混乱していた政治への批判、キリスト教的な思想が込められている。『神曲』の原題はLa Divina Commedia(神聖喜劇)。『神曲』という題名は、1891年に森鷗外がつけた。『神曲』は、愛がいかに人間の魂の救済に必要であるかを謳った作品で、人間性そのもの、人間の愛の強さと崇高さがありのままに描かれている。これは当時支配的だったキリスト教的な世界観を否定的に扱っているとも言え、その点でルネサンスの先駆け的存在であるといえる。ダンテは、「自らの道を進め、あとは人々の語るにまかせるがよい(Segui il tuo corso,e lascia dir le genti ! )」と『神曲』の中の「煉獄篇」に記載されているように、ヒューマニズム(人文主義)的な作品であるといえる。

『神曲』のあらすじ

『神曲』は、地獄篇、煉獄篇、天国篇の三部からなる。ダンテが、古代ローマの詩人ヴェルギリウスに案内されて地獄と煉獄をめぐり、ベアトリーチェ に導かれて天国にのぼり、神の栄光に接する。ダンテは、自らの正義に基づき、皇帝や教皇や悪人たちを地獄に落とし、当時のイタリアの政治の不正や教会の堕落へを批判的に描いた。また、天国への導き手として永遠の恋人ベアトリーチェを登場させ、信仰や正義や善を通して人間の魂を浄化し救済に向かう。

「造物主にも被造物にも」と先生はときはじめた。
「自然的愛や意識的愛に欠けたものはかって存在しなかった。」
それは息子よ、お前も承知だろう。
自然的愛は決して誤ることがない。
だが意識的愛は目的が不純であるとか
力に過不足があるとかで誤ることが有る。
その愛が原初の善(神)に向かうとか
第二の善[物質]のなかで文言をわきまえて動くかぎりは
罪の有る喜びの原因とはなりえない。
しかしそれが道をはずれて悪に向かうとか
本来の務めの度を過ごしたり不足したりすると、
これは被造物が造物主の意にそむいて行動したことになる。」(『神曲』ダンテ)

『神曲』

『神曲』は全三部で構成され、各編33歌(『地獄篇』は34歌だが、そのうちの1歌は全体の序、『煉獄篇』33歌、『天国篇』33歌)からなる。中世的世界観から脱却し人間理性による個人間の恋愛を肯定的に描いた。作品全体を通してキリスト教の三位一体の思想やベアトリーチェに対する精神的な愛、ローマ教皇やフィレンツェでの政敵をダンテ自身の正義に基いて地獄に落とすなどの伝統の権威をネガティブに扱う内容となっている。

イタリア語のトスカーナ方言

当時のヨーロッパでは、ラテン語で書かれるのが普通であるが、イタリア語のトスカーナ方言の口語で書かれている。画期的な試みでヨーロッパ各国語の成立に影響を与えた。