逆問題|観測データから隠れた原因を推定

逆問題

逆問題とは、観測データから原因や系の内部パラメータ、境界条件、入力信号などを推定する問題である。前進問題が「原因から結果を計算する」のに対し、逆問題は「結果から原因を復元する」点に本質的な難しさがある。測定雑音やモデル化誤差のために小さな誤差が大きな推定誤差へ増幅する不安定性を伴いがちであり、安定化のための正則化やベイズ推定、適切なモデル化が不可欠である。

定義と背景

逆問題は作用素方程式や微分方程式モデルで表される前進写像を逆に辿る課題である。例えば観測ベクトルをb、未知パラメータをx、前進写像をAとすれば、観測モデルはおおむねAx≈b+εと表せる。ここでεは雑音であり、Aの非可逆性や不適切な条件数が推定を困難にする。画像復元、トモグラフィ、地球物理探査、材料同定、制御対象の同定など多くの工学分野で現れる。

数学的性質:well-posed/ill-posed

Hadamardは解の存在・一意性・データへの連続依存の3条件をwell-posednessと定義した。多くの逆問題は少なくとも1条件を満たさずill-posedとなる。特に連続依存性の欠如は「微小誤差の増幅」を招くため、前処理や正則化による安定化が必要である。行列Aが病的に悪条件の場合、擬似逆を直接用いると雑音が強調されるため、低ランク近似やフィルタ法を併用するのが定石である。

モデリングと前進問題

良い逆問題は良い前進モデルから生まれる。支配方程式(例:偏微分方程式)、境界・初期条件、離散化(格子幅、基底関数)を吟味し、観測系の伝達特性や雑音統計を含めるべきである。パラメトリゼーションの選択(物理解釈可能な少数次元か、高次元の自由度か)も解釈性と精度のトレードオフを左右する。

定式化:最小二乗と正則化

代表的定式化は「目的関数J(x)=データ不一致項+正則化項」である。二乗誤差‖Ax−b‖²とL2型正則化(Tikhonov)は滑らかさや小ささを仮定し、スパース性を仮定するならL1やTV(Total Variation)が有効である。正則化は物理的先験や計測分解能を符号化し、過適合を抑える役割を担う。

正則化パラメータの選択

正則化係数は過小でも過大でもよくない。経験的手法としてL-curve、GCV(Generalized Cross Validation)、交差検証、discrepancy principleが用いられる。実運用ではモデル目的(予測か解釈か)に応じて偏りと分散のバランスを調整する。

ベイズ推定と不確かさ

ベイズ的枠組みでは事前分布p(x)と尤度p(b|x)から事後p(x|b)を得る。点推定としてMAPを解けば正則化付き最適化と一致する。一方でMCMCやVI(Variational Inference)により不確かさの定量化や信用区間を与えられるため、設計意思決定やリスク評価に有用である。

アルゴリズム

連続最適化では勾配法、共役勾配、Gauss-Newton、Levenberg-Marquardt、近接勾配、ADMMなどが使われる。制約や非凸性を伴う場合は分割交互最小化やペナルティ法が有効で、統計モデルではEMによる潜在変数推定も定番である。PDE制約型では随伴法により勾配計算を高速化する。

  • 線形問題:正規方程式、QR/LSQR、逐次正則化
  • 凸最適化:近接勾配、ADMM、FISTA
  • 非線形:Gauss-Newton、LM、信頼領域法
  • 確率的:MCMC、粒子法、VI

計算負荷と実装上の注意

高次元問題では前進解法が支配的コストとなる。マルチレゾリューション、サロゲートモデル、モデル低次元化、前処理付き反復法、並列化で実行時間を短縮する。停止規準は残差・勾配・検証誤差の多面的評価が望ましい。

代表的な応用

医用画像(CT、MRI)の再構成、画像のデブラー・デノイズ、非破壊検査、地震トモグラフィ、流体や熱の境界条件同定、材料パラメータ推定、電磁場のソース推定、制御系のシステム同定などに広く現れる。産業現場では計測系の帯域・S/N・校正誤差が推定の上限を決めるため、計測設計と逆問題設計は不可分である。

  • システム同定:入出力データから動特性を推定
  • トモグラフィ:減衰・散乱モデルを用いた断層再構成
  • 信号処理:畳み込みモデルの逆演算による復元

評価と検証

シミュレーションデータで真値が既知の合成実験を行い、再現性とロバスト性を検証する。実データでは残差解析、予測誤差、外部妥当性、AIC/BIC等の情報量基準でモデル選択を行う。不確かさの伝播を評価し、意思決定に必要な信頼度を可視化することが重要である。

データ駆動と物理の融合

深層学習は表現力に優れるが、データ依存の過学習を招きやすい。物理制約を損失に組み込むPINNsや、前進演算子をレイヤとして埋め込む深層逆問題は汎化性能の向上に寄与する。ハイブリッド化により、観測が乏しい領域でも物理一貫性を維持しつつ推定精度を高められる。