腸内細菌|消化と免疫を支える腸内の微生物群

腸内細菌

腸内細菌は、ヒトや動物の消化管、主に大腸に住みついている細菌の総称である。ヒトの腸にはおよそ1,000種、数にして約40兆個の細菌がいるとされ、重さは1〜1.5kgほどになる。これらの細菌がつくる集団は腸内フローラと呼ばれ、食べ物の消化、ビタミンの合成、免疫の調節など、宿主の健康に深く関わっている。

研究のはじまりと歩み

17世紀後半、オランダのレーウェンフックが自作の顕微鏡で便の中の微生物を観察したのが、記録に残る最初の例とされる。1885年にはドイツの小児科医エシェリヒが乳児の便から大腸菌を見つけ、1899年にはパスツール研究所のティシエが母乳で育つ赤ちゃんの便からビフィズス菌を分離した。1907年、メチニコフはブルガリアの人々が長生きする理由をヨーグルトの乳酸菌に求める説を発表し、腸の細菌と健康を結びつける考え方が広まっていく。日本では1930年に代田稔が胃酸に負けない乳酸菌の強化培養に成功し、その菌を使った飲料が1935年に発売された。

「培養できない菌」をどう調べるか

長いあいだ、研究は大きな壁にぶつかっていた。腸の細菌の多くは酸素があると生きられない嫌気性菌で、通常の実験室ではほとんど育たなかったからである。1970年代には窒素・水素・二酸化炭素を約80:10:10で混ぜた嫌気チャンバーが普及し、培養できる種類は増えた。それでも全体の6〜7割は培養が難しいとされた。状況を変えたのは遺伝子解析である。細菌がもつ16S rRNA遺伝子の配列を読む手法や、便に含まれるDNAをまとめて解読するメタゲノム解析が登場し、培養せずに菌の種類と割合を調べられるようになった。2007年に始まった米国のヒトマイクロバイオーム計画は、この流れを決定づけた大型プロジェクトといえる。

どんな細菌がいるのか

健康な成人の腸では、4つの門(分類上の大きなグループ)が全体の9割以上を占める。代表的なグループを次の表に示す。

門(新名称) 代表的な属 おもな特徴
フィルミクテス(バシロータ) ラクトバチルス、クロストリジウム、フィーカリバクテリウム 酪酸をつくる菌を多く含む
バクテロイデテス(バクテロイドータ) バクテロイデス、プレボテラ 多糖類の分解が得意
アクチノバクテリア(アクチノマイセトータ) ビフィドバクテリウム 乳児の腸で優勢になりやすい
プロテオバクテリア(シュードモナドータ) エシェリキア 増えすぎると炎症と関連することがある

体によい働きをする菌を「善玉菌」、有害物質をつくる菌を「悪玉菌」、どちらにも傾く菌を「日和見菌」と分ける言い方は分かりやすい。ただし学術的な分類ではなく、同じ菌でも環境によって役割が変わる点には注意したい。

宿主にもたらす働き

ヒトは野菜や穀物に含まれる食物繊維の多くを自力で消化できない。そこを肩代わりするのが腸内細菌で、繊維を発酵させて短鎖脂肪酸をつくる。生成量は酢酸・プロピオン酸・酪酸がおよそ60:20:20の比率とされ、酪酸は大腸の上皮細胞がエネルギー源として使う。短鎖脂肪酸が増えると腸内のpHは5.5〜6.5程度まで下がり、酸に弱い病原菌が増えにくくなる。

ビタミンKや一部のビタミンB群の合成も担う。

免疫との関係も注目されている。2013年には、クロストリジウム属の一部が制御性T細胞を増やし、過剰な炎症をおさえることが日本の研究グループから報告された。同じ年、再発をくり返すクロストリディオイデス・ディフィシル感染症に対し、健康な人の便を移植する治療(糞便微生物移植)が抗菌薬よりも高い治癒率を示したという臨床試験の結果も発表されている。

腸内環境を左右する要因

菌の構成は人によって大きく違い、指紋にたとえられることもある。変化をもたらすおもな要因は次のとおり。

  • 出生のしかた(経腟分娩か帝王切開か)と乳児期の栄養
  • 食事の内容、とくに食物繊維や脂肪の量
  • 抗生物質などの薬剤の服用
  • 年齢(高齢になるとビフィズス菌が減る傾向がある)
  • ストレスや睡眠などの生活習慣

抗生物質は病原菌だけでなく常在菌まで減らしてしまう。服用後、菌の構成が元に戻るまでに数か月かかる例も報告されている。

製品化の現場から見た腸内細菌

生きた菌を体に届けるプロバイオティクスは、食品・サプリメント業界で大きな市場になった。日本では2015年に機能性表示食品制度が始まり、「お腹の調子を整える」といった表示をもつ商品が急増している。製造の面では、菌をいかに生かしたまま製品にするかが最大の課題になる。粉末製品では凍結乾燥が主流で、-40℃前後で予備凍結したのち真空下で水分を抜くのが一般的である。乾燥工程と保存中に生菌数は1〜2桁落ちることがあるため、原末は1gあたり1010〜1011CFUと多めに仕込むのが現場の常識となっている。

設備とコストの実情

ビフィズス菌のような偏性嫌気性菌は酸素に触れただけで死滅しやすく、培養から充填まで窒素置換ラインを通す必要がある。好気条件で扱える乳酸菌に比べ、設備投資と品質管理の負担は重い。保護剤としてトレハロースやスキムミルクを加える配合も、メーカーごとのノウハウが詰まった部分である。受託製造を依頼する場合、菌株の由来証明や安全性データの有無で見積もりと期間が大きく変わるため、早い段階で確認しておくと手戻りが少ない。

研究上の論点

肥満、糖尿病、うつ症状、自閉スペクトラム症など、多くの病気と腸内細菌の関連が報告されてきた。とはいえ、その多くは「病気の人では特定の菌が多い・少ない」という相関の段階にとどまる。菌の変化が原因なのか結果なのかは、無菌マウスを使った実験や大規模な介入試験で一つずつ確かめていく必要がある。便の採取方法や解析手順によって結果がぶれやすいことも知られており、国際的には測定法の標準化に向けた取り組みが進められている。

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