群遅延|周波数分散による信号遅延を解析

群遅延

群遅延は、線形時不変システムにおいて周波数成分の包絡(エネルギーの中心)が伝搬する遅れ時間であり、系の位相特性の周波数微分で定義される重要指標である。伝送路、フィルタ、アンテナ、光ファイバ、電子回路において、包絡波形の歪みや符号間干渉の発生有無を直接左右するため、設計・評価で必ず確認すべき量である。角周波数ωに対し、伝達関数H(jω)の位相φ(ω)=∠H(jω)を用いて群遅延τg(ω)=-dφ(ω)/dωで与えられ、単位はs(実務ではnsが多い)。位相がほぼ線形(φ(ω)≈-ωT)であれば群遅延はほぼ一定(τg≈T)となり、広帯域パルスは波形を保って通過する。逆に、τgの帯域内変動(群遅延リップル)が大きいと包絡が引き延ばされ、音響の定位劣化、RFのEVM悪化、デジタル通信のアイ閉塞に直結する。

定義と数式

定義はτg(ω)=-dφ(ω)/dωであり、Sパラメータでの通過特性S21を用いる場合も同様にτg(ω)=-d∠S21(ω)/dωで評価する。離散データでは有限差分でτg(ωk)≈-{φ(ωk+1)-φ(ωk-1)}/{ωk+1-ωk-1}を用い、位相のアンラップが必須となる。位相遅延τp(ω)=-φ(ω)/ωと区別され、τpは単一周波数の位相の遅れ、群遅延は周波数群の包絡の遅れを表す。φ(ω)が完全に線形ならτgは定数、非線形なら周波数依存性が生じる。

物理的意味と包絡伝搬

群遅延は周波数成分の干渉で形成される包絡の重心が進む速度(群速度)に対応する時間表現である。τgが一定なら矩形に近い広帯域パルスでも波形保持性が高い。一方、カットオフ付近の高勾配領域や共振・ノッチ周辺ではτgが急峻に変化し、パルスの先尾が引き延ばされプリエコー・ポストエコー様の歪みが現れる。

位相遅延との違い

位相遅延τp=-φ/ωは単一周波数の位相進み遅れの目安であり、包絡の時間整合性には直接結びつかない。φ(ω)=-ωT+φ0のとき、τg=T(一定)だがτp=T-φ0/ωとなり周波数で変化しうる。波形忠実度を重視する音響やベースバンド回路ではτgの平坦性が鍵で、全域通過(all-pass)等で位相のみ補正して群遅延を平坦化する手法が用いられる。

フィルタ設計における要点

  • クラシカルIIRではBessel型はパスバンドで群遅延が最も平坦、Butterworthは中庸、Chebyshev/Ellipticは振幅特性は鋭いがτgリップルが大きくなりやすい。
  • FIRのlinear-phase設計(対称係数)は理想的に一定τgを実現しやすい。リップル仕様(例:±5%以内など)を帯域で規定すると波形の再現性が担保される。
  • 等化:全域通過段を直列挿入して位相のみ整形、あるいはFIR等化器で群遅延を補償する。

RF・マイクロ波における測定

VNAではS21の位相勾配から群遅延を算出する。測定手順は(1)フルキャリブレーション、(2)位相アンラップ、(3)周波数刻みの十分確保、(4)数値微分によるノイズ増幅を抑えるための平均化が要点である。ディープノッチや位相ジャンプ近傍はdφ/dωが不安定になり誤差が急増するため、帯域外は評価対象から外すか、スムージングを施す。コネクタやケーブル、基板の誘電率変動も実効τgに寄与するため、治具分離(de-embedding)が重要である。

測定時の実務的ポイント

  1. 周波数分解能:対象帯域で位相が数十度以上変化する刻みを確保。
  2. 位相アンラップ:±π折返しの除去は必須。
  3. 窓関数・平滑化:微分ノイズ低減のため隣接点平均や多項式近似を併用。
  4. ノッチ回避:|S21|が極小の周波数点の近傍は参考値扱いにする。

光ファイバと分散

光伝送ではβ(ω)の導関数から求まる群速度vg=1/(dβ/dω)に対応し、波長依存の群遅延変化がクロマチック分散として現れる。分散パラメータDはps/(nm・km)で表され、パルス広がりΔτ≈D・Δλ・Lで概算できる。分散補償ファイバ(DCF)、ファイバBraggグレーティング(FBG)、コヒーレント受信と電子等化により、広帯域・長距離でも包絡歪みを抑制する。

デジタル通信・信号処理への影響

群遅延の帯域内非線形性はISIの主要因となり、アイダイアグラムの閉塞やQAMのEVM悪化を招く。ベースバンドではFIRのlinear-phase設計やトーン毎に等化するOFDMの手法が有効で、サブキャリア間でτgが滑らかであれば位相回転は一様で補償が容易になる。広帯域パルスレーダでも、τg平坦化はレンジ分解能の保持に直結する。

具体例と設計勘所

例としてφ(ω)=-ω・100nsの理想線形位相系では、全帯域で群遅延は100ns一定で波形は保存される。基板伝搬では時間遅延t=ℓ/vpで概算し、FR-4等でvp≈1.5×10^8m/s(約6.7ns/m)。筐体内のケーブル長差やコネクタの位相差が直列合成され、広帯域では遅延の周波数依存性が顕著になる。設計では(1)許容τgリップルを值(ns)で規定、(2)候補素子のS21を実測・等化設計、(3)熱・製造ばらつきを含むマージン評価を行う。

注意点と境界事象

受動線形因果系ではKramers-Kronig関係に拘束され、振幅帯域の起伏は位相(ひいては群遅延)の起伏を伴う。能動補償回路では周波数依存増幅により見かけ上の負の群遅延(ピーク進み)が観測されることがあるが、情報の先取りではなく帯域制限下の包絡再整形による現象であり、因果律に反しない。実設計では安定性・ノイズ・帯域端の挙動を併せて検討することが肝要である。