潤滑
潤滑は相対運動する固体表面間に介在物質を導入し、摩擦係数と摩耗を低減し、発熱を制御する工学的手段である。油膜により直接接触を避けることで表面損傷を抑え、効率と信頼性を高める。さらに冷却、洗浄、腐食防止、シール補助、振動・騒音低減といった副次機能も持つ。対象は歯車、軸受、摺動面、チェーン、圧縮機、油圧機器など広範であり、学術的にはトライボロジーの中心概念として体系化されている。
目的と機能
潤滑の主目的は摩擦損失の低減と寿命延長である。油膜厚さを確保して接触応力を緩和し、凝着・擦過・疲労・腐食による摩耗を抑える。同時に熱を搬送して温度上昇を抑え、異物を捕捉・排出し、酸化・錆を抑制する。シール部では漏えい抑止や微細な段差の充填に寄与し、動力損失と騒音を低減することにより設備の効率と信頼性を高水準に保つ。
摩擦と摩耗の基礎
摩擦は表面の微視的凸凹の干渉と界面化学に起因する。摩耗は凝着、研磨、転がり疲労、腐食・酸化、フレッティングなどに分類される。潤滑膜形成は速度・粘度・荷重・表面粗さに依存し、Stribeck曲線は摩擦係数の遷移(境界→混合→流体)を示す。設計では接触圧力、温度、粗さ、変形を考慮し、目標摩擦域を選ぶことが重要である。
潤滑様式
- 境界潤滑:膜が薄く、吸着膜・反応膜が摩耗を抑制する。
- 混合潤滑:油膜支持と表面接触が共存し、粗さ管理が要となる。
- 流体潤滑:粘性圧で完全分離、摩耗が最小で抵抗は粘性起因。
- 弾性流体潤滑(EHL):高圧で弾性変形と粘度上昇が生じる転がり接触で支配的。
潤滑剤の種類
液体は鉱油と合成油に大別され、合成油はPAO、PAG、エステル、シリコーン、PFPEなどがある。グリースは基油に増ちょう剤(リチウム、カルシウム、複合、ウレア等)を加え保持性を高める。固体はMoS2やグラファイトが代表で、高温・真空や始動時の保護に有効である。水・ガス潤滑は清浄性や低粘性を活かす特殊用途で用いられる。
粘度と粘度指数
膜厚は粘度と速度で増し、荷重と粗さで減少する。温度上昇で粘度は低下するため、粘度指数(VI)の高い基油は条件変動に強い。選定はISO VGを基準に、起動温度、運転温度、周速、クリアランス、許容損失を総合して行う。過大粘度は撹拌損失と発熱を増やし、過小粘度は膜不足を招くため、熱収支と摩擦域の両立が鍵である。
添加剤
添加剤は性能を拡張する。AW(耐摩耗)やEP(極圧)は反応膜を形成して凝着を防ぐ。酸化防止、防錆、防食、清浄分散、粘度指数向上、流動点降下、消泡などが代表である。EPの硫黄・リン化合物は黄銅に反応しうるため材料適合性が重要である。シール材、塗装、触媒との相互作用も事前検証が望ましい。
設計指標と計算
膜厚評価にはラムダ比Λ=h_min/σが用いられ、Λ≫1で流体、Λ≈1で混合、Λ≪1で境界が優勢となる。Sommerfeld数はすべり軸受の無次元指標であり、荷重・速度・粘度・寸法から作動点を示す。EHLでは圧力粘度係数と弾性率が支配的で、転がり接触の最小膜厚式を用いる。実務では安全率として表面粗さ改善や粘度マージンを確保する。
潤滑供給方式
供給はオイルバス、スプラッシュ、強制循環、滴下、オイルミスト、オイルエア、集中給脂などを用いる。熱の大きい装置は強制循環で冷却・ろ過を併用する。グリースは適正封入量と再給脂間隔が寿命を左右する。過剰は撹拌損失と発熱を招き、過少は油切れを誘発するため、機器指針と計算に基づく設定が必要である。
清浄度管理
粒子は膜破断と疲労を早めるため、清浄度はISO 4406で管理する。フィルタは公称精度とベータ比で選定し、差圧監視で交換時期を判定する。水分は乳化・加水分解・腐食を誘発するため、水分計やKarl Fischerで監視し、脱水・乾燥を行う。空気巻き込みと泡はキャビテーションや酸化を加速するためレイアウトと消泡対策が要点となる。
状態監視
油分析では外観、粘度、酸価(TAN)/塩基価(TBN)、不溶分、金属元素、FTIR、粒子数、フェログラフィーなどを用いる。振動・温度・電流と併用し、トレンド管理で異常を早期検知する。グリースは赤外、パージ油の金属粉、超音波で劣化を把握する。分析周期は重要度・負荷・環境に応じ最適化し、結果は保全計画にフィードバックする。
機械要素別の要点
- 転がり軸受:EHL膜厚と清浄度が支配的、過封入グリースに注意。
- 歯車:負荷・周速に応じEPと粘度を選定、ピッチング・スカッフィング対策。
- すべり軸受:温度制御と給油流量が鍵、Sommerfeld設計を適用。
- チェーン:浸透性と再給油性を重視、飛散と汚染管理が必要。
- 油圧:粘度・空気離脱性・せん断安定性が効率と寿命を左右。
産業別要求
食品・医薬ではNSF H1/H2やISO 21469に適合し、異物混入や臭気・毒性を厳格に管理する。電力・タービンは酸化安定性とバーニッシュ抑制が重要で、冷却・ろ過系の設計が性能を左右する。鉄鋼・紙パは高温多水環境で加水分解抵抗と防錆が要る。海事では耐水性・防錆性と環境配慮の両立が求められる。
環境と安全
生分解性油(エステル等)は流出リスクの低減に有効である。揮発性や有害成分は作業環境と排出規制に影響するためMSDSと法規を遵守する。廃油は適正分別・回収・再生を行い、漏えい対策として二次防油堤と検知を備える。高温部では発火点と自己着火温度に留意し、静電帯電や霧化による火災危険を抑制する。
故障パターン
代表的異常はスカッフィング、ピッチング、マイクロピッティング、バーニッシュ、スラッジ、泡立ち、キャビテーション浸食である。原因は粘度選定不適、清浄度悪化、熱暴走、添加剤不適合、過大荷重、組立・整備不良が多い。対策は条件再設計、ろ過強化、冷却改善、材料・表面改質、添加剤最適化、運転管理の是正である。
選定と運用フロー
- 機能要件定義(負荷・周速・温度・寿命・環境)を整理する。
- 摩擦域を想定し粘度と基油(鉱油/合成)を第一次選定する。
- 材料・シール・規格適合を確認し添加剤体系を絞り込む。
- 供給方式と冷却・ろ過能力を設計し、清浄度目標を設定する。
- 試験運転と分析基準を定め、トレンド監視で最適化を継続する。