強アルカリ
強アルカリとは、水中でほぼ完全に電離して高いOH⁻活量を与える塩基性物質の総称である。代表例は水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、水酸化バリウム(Ba(OH)2)などで、25℃における水の自己解離( Kw )との関係からpHは概ね12〜14の範囲に達する。実務では清掃薬剤・表面処理・中和工程・パルプやアルミ精錬などで広く用いられる一方、皮膚・眼・呼吸器に対する強い腐食性を示すため、厳格な安全管理が不可欠である。なお「アルカリ度(alkalinity)」は水質指標であり、「強塩基性(強塩基)」の概念とは区別する必要がある。
定義と理論枠組み
アレニウスの定義では塩基は水中でOH⁻を与える物質であり、ほぼ完全電離するものを強アルカリと捉える。ブレンステッド–ローリーではプロトン受容体としての強塩基であり、共役酸が極めて弱いことが特徴である。ルイスの枠組みでは電子対供与体であり、OH⁻やアルコキシドなどが典型例である。いずれの見方でも、水溶液中での活量・平衡定数・溶媒効果を踏まえて強さを議論するのが大学初級化学の標準的アプローチである。
代表例と性質
NaOHとKOHは潮解性が強く、空気中のCO2を吸収して炭酸塩を生じるため密閉保管を要する。Ba(OH)2は水に可溶で強塩基性を示すが、Ca(OH)2は溶解度が低くpHは高いものの供給できるOH⁻量が限定される。いずれの強アルカリも溶解時に著しい発熱を伴い、導電率が高く、油脂を鹸化して界面活性を示す。
pH・活量・イオン強度
25℃ではpH+pOH=14が近似的に成り立ち、強アルカリではpOHが小さくpHが大きい。高濃度域ではイオン強度増大により活量係数が1から乖離し、単純なモル濃度の対数だけではpHを厳密に記述できない。緩衝能は弱酸/その塩の共存で規定され、アルカリ度(炭酸水素・炭酸・水酸基由来の酸中和容量)と混同しないことが重要である。
反応性と化学平衡
強アルカリは酸との中和で水と塩を与え、鹸化(脂肪酸エステル→石鹸+グリセリン)、ニトロ化合物やフェノール類の脱プロトン化、金属アルコキシド生成などを促進する。CO2との反応では炭酸水素塩・炭酸塩を形成し、SiO2などケイ酸塩系の溶解を加速する。AlやZnのような両性金属とは錯体形成と水素発生を伴うため設備材料選定に注意を要する。
材料・環境への影響
金属腐食はAl・Zn・Snなどで顕著で、CuやNi系も条件次第で侵される。コンクリート分野では高アルカリ性間隙水と反応性骨材の反応(ASR)が膨張・ひび割れを引き起こす。環境面では高pH排水が生態系に急性毒性を示すため、中和処理とモニタリングが義務づけられる。人体では蛋白質の変性・皮脂の鹸化により深達性の化学熱傷を生じるため、強アルカリの曝露は直ちに大量水で洗浄すべきである。
取扱い・保管
個人防護具は耐アルカリ手袋(ニトリル等)、ゴーグル、フェイスシールド、防護衣を基本とする。希釈は必ず「水に強アルカリを少しずつ加える」を厳守し、逆順は禁止である。容器はPE・PPが一般的で、Al・Znは不可。密閉・乾燥・換気・二次容器・明確なラベル表示・漏えい時の中和資材(NaHCO3等)の常備が望ましい。
工業利用
パルプ製造(クラフト法)ではリグニン溶解に強アルカリが中核的役割を担う。アルミナ精錬(バイヤー法)ではボーキサイト中のAl(OH)3を可溶化する。半導体・表面処理では洗浄・エッチング、化学工学ではpH制御・吸収塔での酸性ガス除去、油脂化学ではエステル交換(バイオディーゼル)の塩基触媒として機能する。
分析・規格と濃度管理
NaOH標準溶液はCO2吸収と固体の潮解性により一次標準に不適であるため、実務ではフタル酸水素カリウム(KHP)で標定する。指示薬はフェノールフタレイン(約pH8.2〜10)が中和滴定で広く用いられる。濃度表記はmol/L、w/w%、規定度(N)が併用され、工程設計では中和当量、酸負荷(当量/時間)、アルカリ度の差し引きで薬注量を決める。
濃度計算の実務
比重表からw/w%→mol/Lへ換算し、当量=モル数×価数で酸塩基反応量を整合させる。例えば12 w/w% NaOHを希釈してpH制御を行う場合、必要当量から逆算して注入流量を求め、混合・滞留時間を満たす攪拌・反応槽容積を決定する。
希釈と熱管理
強アルカリの溶解は発熱が大きく、局所的に沸騰・飛沫を生む。段階希釈・冷却水ジャケット・投入速度管理・撹拌の確保で熱暴走を防ぐ。固体ペレットは表面から徐々に溶かし、沈降・固着を避ける。
用語上の注意
実務文書では強アルカリ(strong alkali)、強塩基(strong base)、アルカリ度(alkalinity)が混用されやすい。前二者は反応性・電離の強さを指し、後者は水の酸中和容量である。用途・規格・安全データシート(SDS)では文脈ごとに定義を確認すべきである。