丁男
丁男とは、東アジアの前近代社会において、課税・賦役・兵役など国家への負担を担う基礎的な成年男性の人口単位である。戸籍に登録され、家産の維持に必要な労働力として把握されると同時に、土地給付制度や租庸調制などの財政制度の対象として計量された。中国では北魏・隋・唐期の均田制における受田資格や租庸調の賦課基準として、また日本の律令国家でも班田収授・庸調・雑徭・兵役の基礎単位として位置づけられ、国家の統治能力と農村社会の生産構造を結びつける鍵概念である。
語義と範囲
「丁」は本来、成丁=成年に達した男子を指し、戸籍・税制上の負担能力を持つ者として扱われた。史料上は、正丁(本役年齢の成年男子)・小丁(未成丁に近い若年層)・老丁(高齢層)などに細分され、負担の軽重が調整される。さらに「口」(人口一般)との区別があり、口数が戸の大きさを示す一方、丁数は賦役対象の能力を示す技術的指標として機能する。こうした区分は、家父長的な家産管理の下で生産・再生産を支える労働力の把握に直結した。
- 正丁:賦課の中心となる成年男子。
- 小丁・中男:限定的な役負担(地域・時代で差)。
- 老丁:免役・軽減の対象となることが多い。
戸籍・里甲と国家把握
国家は戸籍・計帳・黄冊などの登録制度を通じて丁男を把握し、賦課・動員の根拠を整えた。登録は家・里・郷といった基層組織を単位に実施され、保甲・里甲などの相互監督的編成が脱籍や浮浪の抑止に機能した。丁男の変動はそのまま国家の財政・軍事基盤の動揺に直結するため、隠田・逃散・流民の管理は統治課題の核心であった。
均田制と受田資格
北魏から隋・唐にかけての均田制では、丁男が口分田の給付・返還の基本単位となり、一定年齢に達した男性に耕作可能地が配分された。女性や奴婢にも限定的給付が認められる地域・時期があるが、制度の主軸は丁男であり、家産の維持と税源の安定化を狙う設計であった。さらに、永業田のような世襲的・半固定的地分と、貸与性の強い口分田を組み合わせることで、労働力(=丁男)に対応した耕地割付と税収見込みの均衡が追求された。
- 口分田:成年男子を中心とする貸与地(原則返還)。
- 永業田:一定条件下で家に帰属する地分(売買・相続制限あり)。
- 制度目的:労働力に応じた地配と税源の平準化。
租・庸・調と賦課
唐代の租庸調制では、租(穀物)・庸(労役またはその代納)・調(絹布・布帛)を丁男に基づいて賦課した。庸の代替としての布帛納入や運脚の負担は、地域の生産特性と流通条件に左右され、丁男の所在と移動は租税実収に直結した。課役の均一化は理論上の目標であるが、実務では戸の貧富差や地域差により偏在が生じ、丁男の階層的分化(自作・小作・傭工化)を促す一因ともなった。
日本律令国家における丁
日本でも律令制下で、戸籍・計帳に登録された正丁が庸調・雑徭・兵役・運脚などの負担主体となった。班田収授法では口分田の支給・返還が原則化し、良田の分配と租税の安定化を図ったが、墾田の拡大や逃散の発生は、丁の確保と賦課の実効性を弱めた。中男・老丁の取扱いや免役規定は、農繁期と軍事動員の調整策として運用され、地域社会の生産循環に適合させるための調節弁として働いた。
元・明・清期の変容
遊動的要素の強い元代の統治下では、戸口の固定把握が難しく、丁男の捕捉はしばしば不安定化した。明代は里甲制によって戸口と丁役を相互保証させ、丁税・役を組み込んだが、貨幣経済の進展に伴い一条鞭法により諸税を銀納へと統合する流れが強まる。清代前期には地丁銀(丁税の地税化)・攤丁入畝が進み、名目的な人頭賦課から土地基軸の課税へと転換し、丁男概念の財政的中核性は相対的に後退した。
社会経済的含意
丁男は単なる人口分類を超え、家族形成・婚姻年齢・相続慣行・移住行動にまで影響を与えた。徴発や負担の重化は、逃散や寄留の増加、農民層の分解を通じて土地所有の集中・小作制の進行を招き、国家はこれに対し、登録再編・免役枠の調整・貨幣納の拡張などで対応した。結果として、丁男は統治の指標であると同時に、社会変容のセンサーとしても機能した。
史料と用語の差異
『通典』『唐律疏議』『宋史食貨志』などの制度史料や、日本の『養老律令』・各種令義解・格抄などは、正丁・小丁・老丁の範囲や負担の細目に言及する。用語は時代・地域で差があり、同一語でも実質が異なる場合があるため、賦課単位・年齢区分・免役規定・代納慣行と併せて文脈的に読む必要がある。
用語上の注意
今日的な「成年男性」と史料上の「丁男」は一致しない。賦課可能性・戸籍登録・家の生産体制という行政的・経済的条件のもとで定義される概念であり、統治技術の枠組みと切り離して理解することはできない。