メシュエン条約
メシュエン条約は、1703年に締結されたイギリスとポルトガルの通商条約である。イングランド産毛織物とポルトガル産ワインに相互の優遇関税を与え、両国の経済関係を長期にわたり規定したことで知られる。近世ヨーロッパの対外貿易構造や、のちの産業社会・資本主義社会の形成を考えるうえで重要な節目となる条約である。
歴史的背景
メシュエン条約が結ばれた背景には、17世紀末から18世紀初頭にかけての欧州諸国の対立と、重商主義政策の展開がある。とくにスペイン王位継承をめぐるヨーロッパの大戦争であるスペイン継承戦争のさなか、海上覇権と商業覇権をめざすイギリスは、フランスと対抗するためにポルトガルとの同盟強化を必要としていた。またイングランド産毛織物の販路拡大と、戦争によってフランス産ワインの輸入が難しくなるなかで、代替のワイン供給源を確保することも重要な課題であった。
条約の内容
メシュエン条約は、外交官ジョン・メシュエンを通じて結ばれた通商協定であり、主に次のような内容を含む。
- ポルトガル側は、イングランド産毛織物に対して他国製品より有利な関税率を適用し、輸入を妨げる禁止や高関税を行わないこと。
- イングランド側は、ポルトガル産ワインの関税をフランス産ワインよりも低く設定し、その税率をフランス産より少なくとも1/3下回る水準に抑えること。
- これらの通商上の特権を通じて、両国間の友好と軍事的協力関係を強化すること。
このようにメシュエン条約は、単なる関税の取り決めにとどまらず、戦時同盟と結びついた包括的な対外政策の一部であったといえる。
イギリス経済への影響
イングランドにとってメシュエン条約は、自国の主要輸出品である毛織物の安定した販路を確保する点で大きな利益をもたらした。ポルトガル市場でイングランド毛織物が優先的に受け入れられたことで、織物業や関連する商業活動が活性化し、のちの産業革命期における繊維産業の発展の一条件となったと評価されることがある。また、ポルトガル産ワインの優遇によってイングランド国内のワイン消費はフランス産からポルトガル産へと大きくシフトし、酒税収入を通じて国家財政にも影響を与えた。この時期に発達したイングランド銀行や公債制度とあわせて、戦争と商業の結びついた財政・金融システムが形成されていったと理解できる。
ポルトガル経済への影響
一方、ポルトガルにとってメシュエン条約は、ワイン輸出を飛躍的に拡大させる契機となった。ポルト産やポートワインなどがイングランド市場で強い需要を得て、ブドウ栽培とワイン産業は大きく成長した。しかし、その反面でイングランド毛織物の優遇はポルトガル国内の繊維工業の発展を抑制し、輸入工業製品に依存する経済構造を固定したと批判されることも多い。また、イングランドからの輸入代金を支払うために、ポルトガルはブラジル植民地からの金銀や産物にますます依存するようになり、その経済構造は一次産品輸出志向の色彩を強めた。
長期的評価と「不平等」性の議論
メシュエン条約は、のちの歴史家のあいだで「イギリスに有利な不平等条約」であったと評されることが多い。イングランド側は工業製品輸出を拡大しながら、自国市場ではフランス産ワインより安価にポルトガル産ワインを確保できたのに対し、ポルトガル側は工業化の機会を失い、農業・ワイン・植民地資源に依存する構造が強まったとみなされるからである。ただし、短期的にはポルトガルにとっても財政収入と貿易黒字の増大という利益があったことから、その評価には一定の議論が残る。
ヨーロッパ近代史における位置づけ
メシュエン条約は、戦争・外交・通商が一体化した近世ヨーロッパの国際関係を象徴する事例であり、のちの欧米近代社会の形成や二重革命の基盤となる国際分業の萌芽を示している。工業製品を供給する側と原料・一次産品を供給する側という役割分担が、ここで一層明確になったと捉えることができる。このような視点からメシュエン条約を位置づけることで、通商条約が単なる外交文書ではなく、広く世界経済秩序と社会構造の変化に結びついていたことが理解できる。