ムスリム同胞団|エジプト発イスラーム政治運動

ムスリム同胞団

ムスリム同胞団は、1928年にエジプトのイスマイリアでハサン=アル=バンナーによって創設されたイスラーム主義運動であり、近代エジプト政治と中東イスラーム運動を理解するうえで不可欠な存在である。第1次世界大戦後、オスマン帝国滅亡カリフ制廃止によりイスラーム世界の政治的統合が失われ、英領支配下のエジプト王国では西洋化とナショナリズムが進展していた。この環境の中で、イスラームの教えを基礎とする社会改革と対英抵抗を掲げた大衆運動がムスリム同胞団である。

成立の歴史的背景

20世紀前半の中東世界では、トルコ革命トルコ共和国の樹立、そしてケマル=アタテュルクによる急進的な世俗化が進み、イスラーム法とカリフ制は政治の中心から排除された。他方、エジプト(20世紀)では、形式的な独立を得た後もイギリスの影響力は強く、議会政党のワフド党と王政・英当局の対立が続いていた。こうしたなかで、宗教的価値を再確認しつつ植民地支配と社会不安に対抗する運動が求められ、そこからムスリム同胞団が生まれたのである。

創設者ハサン=アル=バンナーと初期活動

ハサン=アル=バンナーは1906年生まれの教師であり、スーフィー的敬虔さと近代的組織運営を結びつけた人物として知られる。彼は1928年、数名の労働者や職人とともにムスリム同胞団を結成し、モスク付属の集会、夜学、慈善事業を通じて下層民・都市中間層に支持を広げた。運動は教育・福祉・労働運動を組み合わせた草の根組織として成長し、エジプト各地に支部を設けることで、宗教団体であると同時に大衆政治運動の性格を強めていった。

思想と目的

  • コーランとスンナを国家と社会の最高規範とみなすイスラーム主義
  • 植民地主義と西洋文化の無批判な受容への批判
  • 貧困救済・教育普及など社会正義の実現
  • 道徳改革と個人の敬虔さの回復

このようにムスリム同胞団は、単に宗教国家の樹立を唱えるだけでなく、個人の修養から家族・地域社会、さらには国家秩序に至るまで段階的な改革を志向した。組織内部には、宣教・教育を重視する穏健な路線と、武装闘争を容認する急進派の双方が存在し、この二面性が後の政治史で大きな論争点となる。

王政期からナセル政権期まで

第2次世界大戦前夜までにムスリム同胞団は数十万規模の大衆組織へと拡大し、反英運動やパレスチナ問題への関与を通じて政治的影響力を強めた。1940年代後半には、王政・政府との対立が激化し、テロ事件や暗殺事件に同胞団関係者が関与したとされることから弾圧が強まる。1948年には団体が解散を命じられ、翌49年にはハサン=アル=バンナーが暗殺された。その後、1952年の自由将校団によるクーデタで王政が倒されると、ガマール=アブドゥル=ナセル政権は一時的に同胞団と協調したが、ほどなく対立に転じ、大規模な弾圧と指導部の投獄を行った。

サダト・ムバーラク期の展開

ナセルの死後、アンワル=サダト政権は左派勢力を抑えるためイスラーム勢力に一定の余地を与え、ムスリム同胞団は非合法ながら社会活動と学生運動を通じて復活した。ムバーラク政権下では、同胞団は独立候補として選挙に出馬し、議会や職能団体で一定数の議席を獲得するなど「体制内野党」としての性格を帯びる。他方で国家は断続的な取り締まりを継続し、組織は合法化されないまま、半合法・半地下の状態で存続した。

アラブの春と政権掌握

2011年のアラブの春でエジプトのムバーラク政権が崩壊すると、ムスリム同胞団は政治部門として「自由公正党」を結成し、選挙を通じて最大勢力となった。2012年には同胞団出身のモルシーが大統領に選出され、エジプト史上初の文民・選挙による政権交代が実現する。しかし、憲法問題や経済危機、軍・司法・世俗勢力との対立が深まり、政権運営は不安定となった。

クーデタ後の弾圧と現状

2013年、軍は大規模デモを背景にモルシー政権を打倒し、同胞団をテロ組織に指定して活動を厳しく禁止した。多くの指導者が逮捕・亡命に追い込まれ、エジプト国内のムスリム同胞団は組織として壊滅的打撃を受けたとされる。ただし、その思想的影響は中東各地のイスラーム運動に残されており、ヨルダンや湾岸地域、さらにはトルコや北アフリカの政党・団体にも間接的な影響が指摘される。

歴史的意義

ムスリム同胞団は、イスラームの教えを近代的政党組織と結びつけた最初期の大衆運動として、以後のイスラーム主義勢力のモデルとなった。同胞団の歴史には、社会福祉や教育活動を通じた民衆動員の側面と、政治暴力やテロとの結び付きが疑われる側面が併存しており、その評価は分かれている。にもかかわらず、オスマン帝国滅亡後のイスラーム世界の再編と、ナショナリズム・世俗主義・宗教運動が交錯する20世紀中東史を理解する上で、ムスリム同胞団の存在は中心的な位置を占めている。