フロンティア|西部開拓が象徴する境界地帯の歴史

フロンティア

フロンティアとは、定住社会が形成されている地域と、まだ恒久的な支配や開拓が及んでいない地域との境界地帯を指す概念である。近代世界史では、とくにアメリカ合衆国における西方への拡大と開拓の過程を説明するキーワードとして用いられ、アメリカの領土拡大西漸運動、さらには国民性や政治文化の形成と深く結びついている。英語のfrontierは単に国境だけでなく「文明化された世界の端」といったイメージを伴い、そこでの経験や価値観がアメリカ社会の自由主義、個人主義、平等観などを育んだと理解されてきた。

フロンティア概念の起源と用法

フロンティアという語は、もともとヨーロッパ世界で軍事的・政治的な境界線を示す言葉として使われた。近世のヨーロッパでは、国家間の緩衝地帯や辺境地域をfrontierと呼び、中央権力の統制が弱く、軍事的緊張が高い地域を意味した。だが世界史教育においてフロンティアと言うとき、多くの場合は北米大陸における植民地時代以降の開拓前線を指す。そこでは先住民社会、ヨーロッパ系移民、アフリカ系奴隷など多様な人々が接触し、暴力的な征服と土地の私有化が進められていった。

北米のフロンティアと西漸運動

北米では、東部沿岸に成立した13植民地から内陸へと入植が進むにつれ、フロンティアは常に西へと移動していった。この動きは西漸運動と呼ばれ、ミシシッピ川を越え、大平原地帯やロッキー山脈を経て太平洋岸にまで達した。植民地時代にはアパラチア山脈附近がフロンティアと見なされ、独立後はオハイオ川流域やミシガン、さらに南西部へと境界線が移っていく。そこではインディアン戦争と土地の収奪が繰り返され、農民や開拓民が農地を求めて西へと移住した。

  • 18世紀後半までのフロンティアはアパラチア山脈周辺に位置した。
  • 19世紀前半には五大湖周辺やミシシッピ川流域が開拓の中心となった。
  • その後、テキサスオレゴンカリフォルニアなど太平洋岸地域が新たなフロンティアとして注目された。

マニフェスト=デスティニーとフロンティア精神

19世紀のアメリカ社会では、自国が北米大陸全体に自由と文明を広める使命をもつと考える思想が広がり、これはマニフェスト=デスティニー、あるいは明白な天命と呼ばれた。この考え方は、フロンティアを「神から与えられた拡大の舞台」として肯定し、先住民や隣接国の権利を軽視する傾向を強めた。アメリカ合衆国は、アメリカ=メキシコ戦争などを通じて広大な南西部領土を獲得し、その後の金鉱発見や農業開発を通じて、新たなフロンティアの神話を生み出していった。

政治体制とフロンティアの関係

フロンティアの存在は、アメリカの政治体制や政党政治にも影響を与えたと考えられる。西部や辺境では、土地所有を求める自営農民が多く、小農の利益を代弁する勢力が強かった。19世紀前半のジャクソニアン=デモクラシーは開拓民や小農を支持基盤とし、普通選挙の拡大や大土地所有者・金融資本への批判を掲げた運動である。この潮流を支えたのが、民主党の拡大路線であり、これに対抗したのが東部の商工業者や経済的エリートをより多く代表したホイッグ党(アメリカ)であった。官職分配の慣行であるスポイルズ=システムもまた、開拓民や支持者に恩恵を与える手段として用いられ、フロンティア社会の流動性と結びついて理解される。

ターナーのフロンティア・セオリー

19世紀末、歴史学者フレデリック=ジャクソン=ターナーは「フロンティア・セオリー(frontier thesis)」を提唱し、アメリカ史研究に大きな影響を与えた。彼は、開拓前線としてのフロンティアが常に西へと移動した経験こそが、アメリカの民主主義・平等主義・個人主義を育んだと論じた。固定した身分秩序や封建制が弱く、土地さえあれば自立できるという感覚が、旧世界とは異なる社会を生み出したという解釈である。ターナーによれば、1890年頃に国勢調査局が「もはや明確なフロンティアは存在しない」と宣言したとき、アメリカ史の一つの時代が終わったことになる。以後、アメリカは外へ向かった帝国主義的拡張や国内産業の発展を通じて、新たな「境界」を求めるようになったとされる。

他地域におけるフロンティア概念の応用

フロンティアという概念は、アメリカだけでなく、ロシア帝国のシベリア開拓やオーストラリア植民地の内陸進出、さらには近代日本の北海道開拓などを分析する際にも用いられる。いずれの場合も、中央政府の支配が弱かった地域に軍隊や入植者が送り込まれ、先住民社会との不平等な接触や土地の収奪が進み、農業や資源開発を通じて国家経済に組み込まれていく過程が見られる。こうした歴史的過程を比較することで、フロンティアが単なる地理的境界ではなく、暴力と支配、開拓と移住、文化の衝突と融合が交錯するダイナミックな空間であったことが明らかになる。

現代におけるフロンティアの比喩的使用

20世紀以降、物理的な開拓地としてのフロンティアはほとんど消滅したが、この語は比喩的な意味で使われ続けている。宇宙開発は「宇宙フロンティア」と呼ばれ、新しい科学技術の領域もまた「研究フロンティア」として語られる。そこでは、未知の領域へ挑戦する精神や、既存の秩序を超えていく想像力が肯定的に描かれる一方で、歴史的なフロンティアが暴力や差別と結びついていた事実への批判的な再検討も進んでいる。こうした二面性を踏まえつつ、歴史学はフロンティアを、帝国主義・植民地主義・民族問題などと結びつけて分析する重要な視角として位置づけているのである。