ヒューマンエラー|認知負荷を下げミスを未然防止

ヒューマンエラー

ヒューマンエラーとは、人間の知覚・判断・操作の過程で意図と結果が乖離し、望ましくないアウトカムを招く行為や決定を指す概念である。単なる個人の不注意ではなく、認知特性、タスク設計、作業環境、組織文化、インターフェース設計など多層の要因が重なって現れる。製造、医療、プロセス産業、鉄道・航空などの高信頼分野では、エラーを「避ける」だけでなく、「起きても重大事故に至らない」ように系統的に設計・管理することが要点となる。

定義と分類

国際的な研究では、エラーは行為の性質に応じて分類される。意図は正しいが実行段階でずれる「スリップ(手滑り)」、記憶抜けによる「ラプス(失念)」、そもそも目標設定やルール選択が誤る「ミステイク(誤判断)」、意図的に規則から外れる「バイオレーション(違反)」である。現場で見える事象は同一でも、根因が異なれば対策は変わるため、分類は再発防止設計の出発点となる。

  • スリップ:正しい手順のはずが操作を取り違える(ボタン押し間違いなど)
  • ラプス:記憶・注意資源の枯渇による手順抜け
  • ミステイク:知識不足や誤ったモデルに基づく判断ミス
  • バイオレーション:意図的逸脱(規則の形骸化・生産性圧の副作用)

発生メカニズム(認知の観点)

人間の情報処理は、感覚入力→注意選択→作業記憶→意思決定→運動出力の連鎖で進む。このいずれかの段で、負荷過多、時間圧、ディスプレイの可読性低下、類似シンボルの混在、アラート疲労などが重なるとエラー率が上がる。ヒューリスティクス(代表性・利用可能性)や確証バイアスも判断の歪みを生む。暗黙知への過度依存は、例外条件下での一般化ミスを誘発する。

代表モデル

Reasonの“Swiss cheese”モデルは、多層防御の穴が偶然整列した時に事故が顕在化することを示す。RasmussenのSRKフレームワークは、技能(Skill)、規則(Rule)、知識(Knowledge)ベース行動の3水準を区別し、水準ごとに典型的なエラー形態が異なることを強調する。設計・教育は、この水準に応じて最適化すべきである。

要因分析の視点

単独の「不注意」扱いでは学習が進まない。要因は層で捉えると有効である。

  • 個人:疲労、サーカディアンリズム、ストレス、経験・スキル
  • タスク:手順の複雑さ、分岐数、外乱、同時作業
  • 環境:騒音、照度、温熱、スペース、視線誘導
  • 組織:目標設定、評価指標、教育・訓練、報告文化
  • インターフェース:表示一貫性、色・形状コーディング、操作力覚

リスク評価と指標

リスクは「発生頻度×影響度」で評価する。Human Reliability Analysis(HRA)では、THERPやHEARTなどの手法を用いてタスクごとの失敗確率を見積もり、エラーバジェットを設定する。管理指標として、不適合件数、ヒヤリ・ハット、一次防護層(検知)、二次防護層(遮断)の有効性、教育実施率、手順改訂のリードタイム等を追跡する。

対策と設計原則

エラー低減は「人に頼る」から「システムで支える」への転換が要諦である。設計段階から以下の原則を織り込む。

  • ポカヨケ:キー形状・段取り必須化・相互排他機構
  • チェックリスト:認知負荷の外部化、WBSや点検票での網羅保証
  • 標準作業・タクト化:ばらつき吸収と学習促進
  • ダブルチェック/ペアリング:独立検証で検出率向上
  • HMI設計:色・形・位置の一貫性、誤操作しにくい配置、力覚ガイド
  • フェイルセーフ/フェールソフト:異常時は安全側に遷移
  • アラート設計:優先度階層化、冗長提示、アラーム氾濫の抑制
  • 自動化の罠への対処:状況認識維持、ハンドオーバー設計

教育・運用と文化

教育は手順暗記ではなく、原理解説と演習で「なぜ」を結び付ける。Just Cultureの導入は、報復恐怖を抑えて早期報告を促す。KYT(危険予知訓練)やピアレビュー、Gembaでの観察により、潜在的逸脱を早期に発見する。改善は小さな仮説検証の反復で定着させる。

製造・プロセスでの典型事例

配合の単位取り違え、バルブ開閉順序の誤り、段取り替え時の型番ミス、ロット識別ラベルの貼り違いなどはいずれも高頻度の事例である。これらは識別子の類似、UIの近接、段取り情報の分散、時間圧といった要因の合成で起きる。対策は、識別子の視覚距離拡大、物理的インターロック、段取りのセル化、e-ログによる整合チェック等を組み合わせる。

調査手法と再発防止

事後のインシデント調査では、5 WhysやRCA、FTAを併用して「人がなぜそうせざるを得なかったか」を構造的に掘る。測定系起因を除外するためにMSAで検査再現性を確認する。是正は手順追記に留めず、情報設計や物理制約の付与、KPIの見直し、教育のリデザインまで遡ることで初めて再発確率を下げられる。

デジタル活用

MESやe-BMRは手順の電子化とインプロセス検証を両立させ、逸脱をリアルタイム検知する。Andonやダッシュボードは状況認識を共有化し、アラートの優先度管理を支援する。ARによる作業指示はハンズフリー化でスリップを減らし、ログ解析や異常検知は、エラー前兆(操作シーケンスの乱れ、入力揺らぎ)を早期に捉える。

関連概念との違い

装置の物理的破損は「故障」であり、人の行為起点の異常は「エラー」である。品質不良はアウトカムであり、その背後にプロセス逸脱(エラー・違反・変動)がある。規律違反は責任の所在が異なるため、制度設計や評価の見直しが要る。信頼性・安全性は、エラーの発生確率と防護層の有効性を合わせて達成する目標指標である。

まとめの代わりに(実装要点)

エラーは不可避だが、重大事故は回避可能である。設計段階でのエラープルーフ化、運用段階での可観測性と独立検証、教育段階での認知原理の導入、組織段階でのJust Culture、そしてデジタルによる早期検知を束ねることが実装の勘所である。重要なのは、個人を責める反応から、系の設計を変える学習へと視点を移すことである。