バグダード
バグダードは、ティグリス川中流域に位置するイスラーム世界屈指の大都市であり、8世紀にアッバース朝第2代カリフのマンスールが建設した政治・文化の中心である。円形都市として創始され、後に複層的に拡張し、中世イスラーム文明の学術・交易・行政の要に発展した。とりわけ翻訳運動と紙の普及が知の集積を加速し、学者・官僚・商人・職人が交錯する国際都市として独自の都市文化を形成した。
地理と都市構造
バグダードはティグリス川右岸・左岸の両岸に街区が広がり、運河網が居住と市場、官庁街を結節した。立地はメソポタミア北部とイラン高原の結節点にあり、シリア・ハジャーズ・ホラーサーン・インド洋へ通じる陸路と水運を統べる交通の要衝であった。低湿地の気候に適応するため、堤防・堰・灌漑施設が整備され、橋や浮橋が往来を支えた。
建設と初期アッバース朝
762年、マンスールが円形都市(「円城」)を着工し、中央にカリフ宮殿と金曜モスク、周囲に官庁と兵営を配した。四方の門は主要街道と結び、都市外縁の市(スーク)や職人区と連動した。この設計思想は、統治の可視化と防衛を両立させるもので、行政・軍事・宗教が重心を共有する首都モデルとして長く影響を与えた。
知の中心:知恵の館と翻訳運動
バグダードでは9世紀にBayt al-Hikma(知恵の館)が整備され、ギリシア・シリア語・ペルシア語・サンスクリットの典籍がアラビア語に翻訳された。数学・天文学・医学・哲学・地理学などの諸分野で基礎文献が整備され、観測・計算・注解といった学術実践が進んだ。紙(カーヒル)の普及は図書館と写本市場を拡大し、学術サークルや官僚試験の教材環境を飛躍させた。
経済と交易
都市はティグリス川の河港を核に、陸上のキャラバン路と結節して広域交易を担った。香辛料・絹織物・ガラス・金属器・書籍が流通し、為替手形や寄託送金などの商慣行が発達した。行商人・問屋・職人ギルドが市場の価格形成を支え、宿駅・倉庫・隊商宿が物流を担保した。税収は国家財政の柱となり、都市の公共建設にも再配分された。
宗教・文化・日常生活
バグダードはスンナ派法学諸学派の中心地でありつつ、シーア派の学術コミュニティ、さらにキリスト教徒・ユダヤ教徒などの多宗教社会が共存した。金曜モスクを中心にマドラサや寄進財産(ワクフ)が学術と福祉を支え、説教・講義・注釈の場が市民層へ開かれた。文芸では詩や随筆、説話が栄え、宮廷文化と都市庶民文化の相互作用が物語世界を豊かにした。
政治史:栄枯盛衰
ハールーン・アッ=ラシードの治世に繁栄した後、内乱と地方勢力の台頭、トルコ系軍人の伸長により権力は流動化した。9世紀中葉にはサーマッラー移転で首都機能が一時分散し、その後はブワイフ朝・セルジューク朝の宗主権下でカリフ権威が名目的地位へ移行した。1258年、フラグ率いるモンゴル軍の侵入により壊滅的被害を受け、知的資産とインフラは大きく失われたが、以降も地域の交易・学術は多中心的に継続した。
学芸と都市インフラ
バグダードには病院(ビーマールスターン)、天文観測施設、図書館が整備され、官僚術と医術・天文学・地図製作が結びついた。都市管理では道路・橋・上下水・市場監督(ムフタシブ)が連携し、火災・疫病・洪水への対処が制度化された。工房では紙・皮革・染織・金属加工が発達し、書籍生産と学術普及の基盤となった。
近代以降の変遷
オスマン朝の統治下で行政改革と交通整備が進み、19世紀以降は蒸気船・鉄道により地域流通が再編された。20世紀には委任統治期を経て国家の首都として再出発し、人口増と周辺部の拡張により都市圏を形成した。遺産保護と近代化の調整は困難を伴ったが、学術・出版・医療の拠点性は依然として高い。
名称と語源
名称は中世ペルシア語の“Bagh-dād”(「神の賜」)に由来するとされ、前イスラーム期の地名を継承したとみられる。アラビア語表記の差や外語の音写差により多様な転写が存在するが、日本語ではバグダードが一般的である。
関連年表
- 762年:マンスールが円形都市を創建
- 9世紀:知恵の館を核に翻訳運動が進展
- 836年:サーマッラーへの一時的遷都
- 945年:ブワイフ朝が実権掌握
- 1055年:セルジューク朝の宗主権下に入る
- 1258年:モンゴル軍により陥落
- 16世紀:オスマン朝の支配に編入
- 20世紀:国家首都として都市再編