トンブクトゥ
トンブクトゥは西アフリカ・マリ共和国の内陸都市で、サハラ縁辺のサヘル地帯に位置する学術都市である。ニジェール川中流域の屈曲部に近く、砂漠キャラバンと河川交通の結節点として中世以降に繁栄した。サンコーレ、ジンゲレベル、シディ・ヤヒヤの三大モスクを中心に、イスラーム学と写本文化が花開き、金・塩・奴隷・布などを扱うサハラ交易の要地として知られた。近世にはアトランティック交易の台頭やモロッコ軍の侵攻で衰退したが、学問都市としての記憶と泥造建築の景観は現在も世界遺産に登録されている。
立地と都市景観
トンブクトゥの立地は、サハラ砂漠の南縁とニジェール川舟運の接点にある点に特色がある。乾燥気候と飛砂に備えた日干し煉瓦(アドベ)の建築が発達し、木製のトルン(足場棒)を外壁に残すモスク群は整備・再建を繰り返しながら都市の象徴となってきた。市壁やキャラバンサライ、スークが織りなす都市空間は、宗教・教育・商業の三機能が重なるイスラーム都市の典型でもある。
名称と呼称
欧文では「Timbuktu」と表記される。語源はトゥアレグ語の「Tin-Buktu(ブクトゥの場所)」など諸説があり、砂漠民の季節移動に伴う水場・駐留地が定住化した結果、都市へと成長したと理解される。日本語表記は慣用的にトンブクトゥとする。
形成と興隆(13〜16世紀)
都市の基礎は12世紀頃に整い、13〜14世紀にマリ王国の勢力圏に編入されて飛躍した。マンサ・ムーサのメッカ巡礼(1324年)以後、寄進や学者招致が進み、モスクと学院(マドラサ)が整備された。金(ワンガラ)と岩塩(タガザ)を軸に、砂漠・サバンナ・地中海世界を結ぶ交易網の中核となり、写本制作や法学・神学の講座が常置された。
学芸と宗教
サンコーレ・モスクの学院は、聖法学、言語学、数学、天文学まで教授する地域随一の学術拠点であった。ウラマー(知識人)や書記は家産として写本を受け継ぎ、家々の文庫が都市の知的基盤を形づくった。ズーフィー的修行と法学の均衡が図られ、都市の自治・仲裁機能も強化された。
経済基盤とサハラ交易
- 主要品目:金、岩塩、奴隷、コーラの実、布、銅、紙・写本など。
- 物流:駱駝隊がタガザ・タウデンニ方面から岩塩を運び、ニジェール川舟運が内陸の穀物と結ぶ。
- 制度:商人組合や仲介人が価格・為替・量目を調整し、ワクフが宗教教育を財政面で支えた。
この交易圏は古くはガーナ王国、続いてマリ王国が主導し、イスラームの普及はイスラーム化の一環として進展した。
ソンガイ期の覇権と統治
15世紀後半、スンニ・アリがトンブクトゥを制圧し、アスキア・ムハンマドの下で商業保護と学芸奨励が図られた。地方太守の任命、徴税の整備、ニジェール川交通の掌握により、都市の治安と講義の継続性が維持された。ソンガイの宗教政策は学者層の影響を汲み取りつつ、王権の正統性を法学的に補強した。
モロッコ遠征と衰退(16世紀末)
サアード朝モロッコのアフマド・アル=マンスールは火器を備えた部隊を派遣し、1591年のトンディービ戦でソンガイ軍を破った。以後、駐屯軍政と搾取が続き、サハラ交易の重心は次第に大西洋岸へ移る。欧州海上交易の拡大は内陸都市の相対的地位を下げ、トンブクトゥは知的伝統を保ちながらも経済的地盤沈下を余儀なくされた。
ヨーロッパ人の記述と近代
16世紀のレオ・アフリカヌスは都市の富と学芸を記した。19世紀にはレネ・カイエ、ハインリヒ・バルトらが到達し、写本文化とモスク群が「伝説」の実体として紹介された。フランスの植民地支配を経てマリ独立後、モスク修復と写本保全が進むが、近年には武装勢力による破壊も経験し、住民・学者・職人が再建に取り組んでいる。
史料と写本の伝統
都市史の根幹史料に『タリーフ・アル=ファッターシュ』『タリーフ・アッスーダーン』がある。法学的意見書(ファトワー)やワクフ文書、私蔵の家系文庫は、在地の制度史・社会史を読み解く鍵である。乾燥気候は紙資料の保存に適し、書誌学・文献学の蓄積が今も続く。
年表(目安)
- 12世紀:定住化が進み都市形成。
- 1324年:マンサ・ムーサの寄進により学院整備。
- 1468年:スンニ・アリが占領、ソンガイ期へ。
- 1493年以降:アスキア・ムハンマドの改革と学術振興。
- 1591年:モロッコ軍の侵攻、衰退の端緒。
- 19世紀:欧州探検家の訪問と報告。
- 20世紀後半:保存・修復の体系化。
歴史的意義
トンブクトゥは、サハラを横断する交易路が生んだ知と財の集積点であり、アフロ・イスラーム都市文明の到達点を示す。金と岩塩の等価交換、ワクフと学院の連関、写本の家産化、キャラバン物流と河川交通の結節——これらの複合要素が都市の強靭性を支えた。西アフリカ史において、マリ王国とソンガイ王国の都城群と並ぶ拠点であり、サハラ交易とイスラーム学術の結節点という性格は今日も地域アイデンティティの核をなしている。