サーマルカメラ
サーマルカメラは物体表面から放射される赤外線を検出し、温度分布を2D画像として可視化する装置である。非接触・非破壊で測定でき、電気設備の予防保全、建物の断熱診断、プロセス監視、研究開発などで広く用いられる。測定は放射率や環境条件の影響を受けるため、原理・光学・校正・解析の各要素を理解して正しく運用することが重要である。
放射の原理と測温の考え方
サーマルカメラは、物体からの熱放射を波長帯域ごとに感度を持つ検出器で受光し、得られた信号を温度に換算する。黒体放射は温度Tに対して放射束がσT^4に比例し、実物体は放射率ε(0〜1)を持つため、実効放射はεσT^4となる。現実の測定では被写体の自発放射に加え、環境からの反射成分、透過体の場合の透過成分が重畳するため、放射率設定と反射温度の補正が必須である。一般的な大気透過窓は8–14µmおよび3–5µm帯であり、用途や温度域に応じて選択する。
検出素子とシステム方式
サーマルカメラの検出素子は大別して非冷却型と冷却型がある。非冷却型はVOxやa-Siのマイクロボロメータを用い、常温動作と低消費電力が特長である。冷却型はInSbやMCT(HgCdTe)などを冷凍機で冷却し、高感度・高フレームレート・短波長帯対応を実現するが、コストと保守負担が大きい。
非冷却型マイクロボロメータの特徴
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常温駆動でウォームアップが短く、携帯性に優れる。
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NETDが概ね30〜80mKで、多くの保全・建築診断に十分である。
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8–14µm帯での一般用途向けに普及している。
冷却型検出器の特徴
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高感度・高S/Nで微小温度差や高速現象の撮像に有利である。
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3–5µm帯で高温体や炎の観察に適する。
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機構が複雑で、価格・サイズ・保守コストが増大する。
光学系と空間分解能
サーマルカメラの光学材にはGeやZnSeが用いられる。空間分解能はFPA解像度(例:640×480)と画素ピッチ、レンズ焦点距離に依存し、1画素が見込む角度(IFOV)で評価する。観測距離が長いほど同じIFOVでも地上分解能が粗くなるため、対象サイズが少なくとも数画素以上に写るようレンズ選定(FOV/焦点距離)を行うべきである。
感度・ダイナミックレンジ・NETD
温度微小差の検出能力はNETD(Noise Equivalent Temperature Difference)で表される。NETDが小さいほど滑らかな温度勾配が識別しやすい。ダイナミックレンジや積分時間も描写に影響するため、低温域と高温域の両方を扱う場合はレンジ切替やHDR的合成を持つサーマルカメラが有利である。
校正・NUC・確度
サーマルカメラは2点または多点の内部参照でNUC(Non-Uniformity Correction)を行い、画素間ばらつきを補正する。シャッタ付きのFFC(Flat-Field Correction)でドリフトを抑える方式も一般的である。温度確度は装置仕様に依存するが、代表値として±2℃または読値の±2%程度が多い。高精度が要求される場合は外部ブラックボディによる現場校正が有効である。
放射率設定と測定条件
放射率εが低い金属光沢面は反射の影響が大きく、誤差要因となる。塗装・酸化皮膜・テープで表面をマット化すると実効εが上がり測定が安定する。反射温度は周囲代表物の温度を用いて補正し、距離・湿度・大気温の影響も考慮する。屋外では風と日射が表面温度を変動させるため、時刻や角度を管理してサーマルカメラを運用することが望ましい。
放射率の代表例
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塗装面・ゴム・木材など: 高め(概ね0.90以上)で扱いやすい。
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鏡面金属: 低く反射優勢。テープや塗装で改善する。
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湿潤面: 反射・吸収が変化し、見かけの温度が変動しやすい。
画像処理と解析機能
サーマルカメラは等温線表示、疑似カラー(パレット)、ROI内の最大・最小・平均値表示、温度アラーム、時系列トレンドの作成などの機能を備える。可視画像とのフュージョンやエッジ強調は位置把握に有用であるが、温度値は赤外画像側の読み取りを基準に評価するべきである。
応用分野
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電気設備保全: 接触抵抗増大による発熱や不均一負荷を早期検知する。
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建築診断: 断熱欠損、漏水、気密の不具合の可視化に有効である。
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機械・プロセス: 軸受・配管・炉壁の温度監視、加熱工程の最適化に用いる。
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R&D: 熱設計・放熱評価、材料の熱物性推定、電子機器のホットスポット解析に寄与する。
選定のポイント
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スペクトル帯域(8–14µm/3–5µm)、温度範囲、NETD、フレームレート。
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解像度とレンズ群(広角・標準・望遠・マクロ)およびIFOV。
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校正方式(NUC/FFC)、外部ブラックボディ対応、長期安定性。
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堅牢性(IP等級)、耐環境性、インターフェース(USB/Ethernet/SDK)。
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運用コスト: 冷却型の保守、バッテリ運用、ライセンスや解析ソフトの可用性。
運用上の注意
測定対象の材質・仕上げを事前に把握し、放射率を設定した上でリファレンス点を設けると再現性が高まる。視差やピント外れは温度読取りに影響するため、ターゲットサイズに対して十分な画素カバレッジを確保する。屋外監視では日射・風・雨に応じた閾値設計が必要であり、データ解析では画像補正履歴を含めてトレーサビリティを確保することが望ましい。最後に、プライバシー配慮や現場安全ルールを遵守し、サーマルカメラを計測器として適切に扱うべきである。