エマルション|液中に別の液が微細分散した系

エマルション

エマルションは、互いに溶け合わない2種類の液体のうち、一方が微細な液滴となってもう一方の液体中に分散した状態を指す。乳濁液や乳剤とも呼ばれる。牛乳やマヨネーズのような食品のほか、塗料、接着剤、金属加工油など、製造業の多くの分野で使われている。液滴の直径はおおむね0.1〜10μmで、可視光を散乱するため外観は白く濁って見えることが多い。熱力学的には不安定な分散系であり、放置すると最終的には二相に分離する。

O/W型とW/O型の違い

分類の基本は、液滴を取り囲む連続相(外相)が水と油のどちらかという点にある。水の中に油滴が浮かぶものを水中油滴型(O/W型)、油の中に水滴が分散するものを油中水滴型(W/O型)と呼ぶ。牛乳はO/W型、バターやマーガリンはW/O型の代表例である。どちらの型になるかについては、1913年にW.D.バンクロフトが「乳化剤がよく溶ける側の液体が連続相になりやすい」という経験則を示しており、これはバンクロフトの法則として現在も乳化設計の出発点になっている。現場で型を見分けるときは、少量を水に落として広がればO/W型、電気伝導度が高ければO/W型と判断する簡易法がよく使われる。W/O/W型のように液滴の中にさらに液滴を含む多相エマルションもあり、化粧品や医薬品の徐放化に応用されている。

項目 O/W型(水中油滴型) W/O型(油中水滴型)
連続相 水 油
適した乳化剤のHLB 8〜18 3〜6
電気伝導性 高い ほとんどない
水による希釈 可能 困難
代表例 牛乳、水溶性切削油、水性塗料 バター、コールドクリーム、W/O型防錆油

分離を引き起こす4つの現象

液滴が細かいほど油と水の界面の面積は大きくなり、そのぶん界面自由エネルギーも増える。系はこのエネルギーを下げようとするため、何もしなければ液滴は合体の方向へ進む。表面張力が分離の原動力になるわけである。不安定化は次の4つの現象に分けて考えると整理しやすい。

  • クリーミング・沈降:油と水の密度差によって液滴が上昇または沈降し、濃度の偏りが生じる現象
  • 凝集(フロキュレーション):液滴同士が膜を保ったまま寄り集まり、塊をつくる現象
  • 合一(コアレッセンス):界面膜が破れて液滴同士が融合し、大きな液滴になる現象
  • オストワルド熟成:小さな液滴の成分が連続相を通じて拡散し、大きな液滴へ移っていく現象

ストークスの式と沈降速度

クリーミングの速さはストークスの式で見積もれる。液滴半径をr、液滴と連続相の密度をそれぞれρd、ρc、重力加速度をg、連続相の粘度をηとすると、移動速度vはv = 2r2(ρd − ρc)g / 9ηで表される。速度が半径の2乗に比例するので、液滴径を半分にすれば分離速度は1/4まで下がる。増粘剤で連続相の粘度を上げたり、油相の比重を水に近づけたりするのも、この式に基づいた対策である。

乳化剤の選び方とHLB値

乳化剤には主に界面活性剤が使われる。分子内の親水基と親油基のバランスを数値化したのが、1949年にW.C.グリフィンが提案したHLB(Hydrophile-Lipophile Balance)で、非イオン界面活性剤では0〜20の範囲で表す。たとえばソルビタンモノオレエートのHLBは4.3でW/O型に向き、ポリソルベート80は15.0でO/W型に向く。実際の配合では両者を混ぜ、質量比の加重平均で必要HLBに合わせることが多い。2種類を組み合わせると界面膜が緻密になり、単独で使うより安定しやすいという経験的な利点もある。イオン性の乳化剤を使う系では、液滴表面の電荷による反発も安定化に働く。この反発の強さの指標がゼータ電位で、絶対値が30mVを超えるとおおむね安定とされる。この考え方はコロイド化学のDLVO理論から来ている。

乳化装置と液滴の微細化

液滴を細かく砕くには機械的なエネルギーが要る。工業的な主力はローター・ステーター式の高速せん断ミキサーと高圧ホモジナイザーである。前者は周速10〜40m/s程度で数μmの液滴をつくり、後者は10〜150MPaの圧力で液を狭い隙間に通して、1μmを下回る粒径まで微細化できる。乳製品の均質化や医薬用脂肪乳剤の製造に高圧式が使われるのはこのためである。20kHz前後の超音波を使う方法や、多孔質膜から分散相を押し出して粒径をそろえる膜乳化法もある。エネルギーを抑える手法としては、温度変化で乳化剤の親水性・親油性を切り替える転相温度(PIT)乳化法が知られ、1960年代に篠田耕三らが体系化した。なお、液滴径が10〜100nmで透明に近く、熱力学的に安定なマイクロエマルションは、通常のエマルションとは生成の仕組みが根本的に異なるため、区別して扱われる。

製造現場での使われ方

機械加工の現場でなじみ深いのは、エマルション型の水溶性切削油である。原液を水で10〜20倍に薄めて使い、鉱油の潤滑性と水の冷却性を両立させる。運用上は管理の手間が大きく、濃度が下がると防錆性が落ち、カルシウムやマグネシウムを多く含む硬水で希釈すると乳化が壊れて油分が浮く。夏場は細菌が増えて腐敗臭が出ることも多い。そのため多くの工場では屈折計で毎日濃度を測り、pHが8.5を下回ったら補給や更油を検討する運用をとっている。更油時の廃液処理費は原液の購入費に近い額になることもあり、液寿命を延ばす管理が実質的なコスト削減につながる。

素材分野では、乳化重合でつくる合成樹脂エマルションが水性塗料や木工用接着剤の主原料になっている。酢酸ビニル系やアクリル系の樹脂粒子が水中に分散し、水が蒸発すると粒子同士が融着して膜をつくる。この膜ができる下限の温度が最低造膜温度(MFT)で、製品によって0〜20℃程度と幅がある。冬場の施工では外気温がMFTを下回らないか確認が欠かせない。凍結すると粒子が凝集して元に戻らないため、倉庫での保管は5℃以上が目安になる。道路舗装に使うアスファルト乳剤もO/W型の一種で、JIS K 2208に品質が定められている。

品質評価と試験規格

品質管理では、不揮発分、粘度、pH、液滴径の4項目を基本として押さえる。合成樹脂系についてはJIS K 6828シリーズが不揮発分や最低造膜温度などの求め方を定めている。液滴の粒度分布は、マイクロメートル域ならレーザー回折・散乱法(ISO 13320)、サブミクロン域なら動的光散乱法(ISO 22412)で測るのが一般的である。長期の安定性を短期間で判断したい場合は、遠心分離で強制的に分離を進める加速試験や、40〜50℃での高温保管試験が用いられる。ただし、加速条件での結果が常温の挙動とそのまま対応するとは限らない。量産前には実際の保管条件に近い試験も並行して行うのが確実である。

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