イノベーション
イノベーションとは、新しい技術や発想を取り入れて製品・工程・組織・市場に新しい価値を生み出し、経済や社会に変化をもたらす活動である。日本語では「技術革新」と訳されることが多いが、本来の意味は技術の分野だけにとどまらない。経済学者ヨーゼフ・シュンペーターが1912年の著書『経済発展の理論』で示した「新結合」という考え方が出発点とされる。現在では企業経営や産業政策、国際規格の分野でも共通の用語として使われている。
シュンペーターの「新結合」から始まった概念
シュンペーターは、経済が発展する原動力を、企業家が既存の資源を新しく組み合わせる「新結合の遂行」にあると考えた。生産要素の量が増えるだけでは経済の質は変わらない。古い仕組みを壊し、新しい仕組みに置き換える「創造的破壊」こそが景気循環と成長を動かすというのが彼の主張である。彼は新結合を次の5つに分類した。
- 新しい財貨(製品)の生産
- 新しい生産方法の導入
- 新しい販路(市場)の開拓
- 原料や半製品の新しい供給源の獲得
- 新しい組織の実現(独占の形成や打破など)
日本で「技術革新」と訳された経緯
日本でこの言葉が広まったきっかけは、1956年(昭和31年)度の『経済白書』とされる。「もはや戦後ではない」という一文で知られるこの白書は、イノベーションを「技術革新」と訳して紹介した。高度経済成長期の設備投資ブームと重なったこともあり、この訳語は定着したが、意味が技術面に偏って受け止められる原因にもなった。
分類の軸と代表的な類型
分類の仕方は研究者や機関によって異なるものの、実務でよく使われる軸は「何を変えるか」「どの程度変えるか」「市場にどう影響するか」の3つである。OECDの統計指針であるオスロ・マニュアルは、2018年の第4版で、それまでの4区分を「プロダクト」と「ビジネスプロセス」の2区分に整理し直した。
| 分類の軸 | 類型 | 内容 | 製造業での例 |
|---|---|---|---|
| 対象 | プロダクト | 新しい製品や機能を市場に出す | 炭素繊維強化樹脂を使った軽量部品 |
| プロセス | 製造方法や業務の流れを改める | 積層造形による試作期間の短縮 | |
| 変化の度合い | インクリメンタル | 既存技術を少しずつ改良する | 工作機械の位置決め精度の段階的な向上 |
| ラディカル | 技術体系そのものを置き換える | 真空管からトランジスタへの移行 | |
| 市場への影響 | 持続的 | 既存顧客が求める性能を高める | ハードディスクの記録密度向上 |
| 破壊的 | 低価格・簡便な製品が新市場から既存市場を侵食する | 小型ハードディスクの台頭 |
日本の製造業から生まれた事例
材料と工程の両方で、日本の製造業は世界的な成果を残してきた。1993年、日亜化学工業は窒化ガリウムを用いた青色発光ダイオードの量産化を発表し、白色LED照明への道を開いた。この研究に関わった赤崎勇、天野浩、中村修二の3氏は2014年にノーベル物理学賞を受けている。リチウムイオン電池では、吉野彰が1985年に基本構成を確立し、1991年にソニーが世界で初めて商品化した。吉野は2019年にノーベル化学賞を受賞した。生産方式ではトヨタ生産方式が代表例で、ジャストインタイムと自働化を柱とする仕組みは、ものではなく「つくり方」を変えたプロセス型の成果といえる。1994年にデンソーウェーブが開発したQRコードは、特許を取得しながらも権利を行使しない方針をとり、物流・決済へと用途を広げた。技術そのものより普及の戦略が成功を決めた例として、知的財産の分野でもよく取り上げられる。
優良企業がつまずく「イノベーションのジレンマ」
ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセンは、1997年の著書で、業界をリードする優良企業ほど新しい技術の波に乗り遅れるという逆説を示した。分析の題材はハードディスク業界である。14インチから8インチ、5.25インチ、3.5インチへと小型化が進むたびに、主役の企業が入れ替わった。
理由は経営判断の誤りではない。既存の大口顧客の声を聞き、利益率の高い製品に投資するという合理的な判断を続けた結果、当初は性能が低く市場も小さい新技術を軽視してしまう。やがて新技術の性能が顧客の求める水準に追いつくと、市場は一気に入れ替わる。半導体やデジタルカメラの分野でも同じ構図が繰り返し指摘されてきた。
製造現場から見た実務上の論点
現場の感覚でいえば、大きな成果の多くは、地道なカイゼンの積み重ねと、思い切った設備投資の組み合わせから生まれる。プロセス面の新しい取り組みは効果が数字に表れやすい反面、投資判断が厳しくなりがちである。中堅規模の製造業では、新しい加工設備の導入を投資回収期間3〜5年で判断する例が多く、回収見込みが5年を超える案件は承認されにくい。総務省の科学技術研究調査によれば、日本の製造業における売上高研究開発費比率はおおむね4%台で推移しており、限られた予算を既存製品の改良と新規テーマのどちらに振り向けるかが毎年の課題となる。
見落とされやすいのが、試作から量産へ移る段階の壁である。試作では問題がなくても、量産ラインでは材料ロットのばらつきや設備の個体差によって歩留まりが大きく下がることがある。研究開発部門と生産技術部門が早い段階から設計審査に加わらないと、この「死の谷」を越えられない。発表の順序にも注意が要る。学会や展示会で成果を公開する前に出願しておかなければ、新規性を失うおそれがある。特許法には新規性喪失の例外規定(公開から1年以内)があるものの、海外では同じ扱いを受けられない国も多い。
ISO 56000シリーズによるマネジメントの標準化
取り組みを属人的な才能に頼らず、組織の仕組みとして管理しようとする動きも広がっている。国際標準化機構は2019年にISO 56002(ガイダンス)を、2020年にISO 56000(基本と用語)を発行した。2024年には認証に使える要求事項規格としてISO 56001が発行され、品質マネジメントのISO 9001と同じように第三者認証を受けられるようになった。技術経営の分野では、こうした規格を社内の研究テーマ選定やステージゲート管理に取り入れる企業が増えている。
オープンイノベーションと政策の動き
自社の中だけで技術を完結させる「自前主義」には限界がある。2003年、カリフォルニア大学バークレー校のヘンリー・チェスブロウは、社外の知識や技術を積極的に取り込み、自社技術も外部に開放する「オープンイノベーション」を提唱した。日本では大学との産学連携やスタートアップとの協業が進み、研究設備を持たない中小企業が公設試験研究機関の評価装置を利用する例も多い。政策面では、2021年4月に科学技術基本法が「科学技術・イノベーション基本法」へと改正・施行され、人文・社会科学を含めた価値創出が法律上の目的に加えられた。デジタルトランスフォーメーションの進展とともに、製造業におけるイノベーションの対象は、ものづくりの技術からデータを使ったサービスや事業モデルにまで広がっている。
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