InP
InP(リン化インジウム)は、III-V族化合物半導体であり、直接遷移型のバンドギャップと高い電子移動度を併せ持つ材料である。光通信用レーザや受光器、変調器の基板として不可欠であり、さらにミリ波〜サブテラヘルツ帯の高周波トランジスタや集積回路にも用いられる。SiやGaAsでは到達しにくい波長域・速度領域を実現できる点が特徴で、データセンタや5G/6G無線、衛星通信などで重要性が高い。結晶学的に安定した閃亜鉛鉱構造をとり、格子整合する多元系とのヘテロ接合により、低散乱・低欠陥の活性層を形成できるため、高効率・低雑音の光電デバイスを実現する。
結晶構造と物性
InPは立方晶の閃亜鉛鉱構造であり、共有結合性が強く、高い電子移動度と十分な飽和ドリフト速度を有する。熱伝導率はSiCやGaNほどではないが、GaAsより良好で、適切な放熱設計と組み合わせることで高出力動作に対応できる。機械的には劈開しやすく、{110}面で鏡面が得られるため、レーザの共振器端面形成にも適する。
バンドギャップと光学特性
InPの室温バンドギャップは約1.34 eV(およそ0.92 μm)で直接遷移型である。このため放射再結合が起こりやすく、内部量子効率の高い発光・受光デバイスを設計できる。さらに四元系InGaAsPをはじめとする格子整合材料と組み合わせることで、1.3 μmや1.55 μmの低損失光ファイバ帯に最適化された活性層や多重量子井戸(MQW)を実現できる。
格子整合材料とヘテロ接合
代表的にはIn0.53Ga0.47AsがInPに格子整合し、低散乱の高移動度チャネルを形成できる。InGaAsP系はギャップ工学により所望の波長へ連続的に調整可能で、ヘテロ接合・量子井戸・歪み制御を組み合わせることで、しきい値の低いレーザや低暗電流の受光器が得られる。バンドオフセットを活用したキャリア閉じ込めは、高温動作や高出力動作の安定性向上にも寄与する。
製造プロセス(基板・エピ成長)
InP単結晶基板はLECやVGF等で育成され、近年は高品質・低転位密度の2〜4インチ基板が広く流通する。活性層やクラッド層はMOCVDやMBEで成長し、ソースとしてTMIn、PH3などを用いる。ドーピングはZn(p型)、S/Si(n型)が一般的で、活性層の不純物汚染を抑えるプロセス管理が重要となる。
- 基板育成:LEC/VGF
- エピ成長:MOCVD/MBE
- ドーパント:Zn(p)、S/Si(n)
デバイス応用:光通信用レーザ・受光器
InPプラットフォームは1.3/1.55 μm帯DFB/DBRレーザ、SOA、EAM(電界吸収型変調器)、PIN/APDといった光通信用中核デバイスを支える。MQW活性層の設計自由度が高く、低雑音・高感度の受光器や、温度安定性と高速変調特性を両立するレーザが実現できる。大規模集積では光変調器や導波路、分岐器を同一基板上に形成し、送受一体型の集積フォトニクス回路(PIC)へ展開できる。
デバイス応用:高周波・高出力トランジスタ
InP基板上のInAlAs/InGaAs HEMTやHBTは、極めて高いfT・fmaxを示し、E帯・W帯などミリ波帯の低雑音増幅器や送信出力段に用いられる。高移動度チャネルと低抵抗のオーミック接触、優れたヘテロ界面により、GaAs系を超える雑音指数・利得帯域積を達成可能である。宇宙・レーダ・光無線バックホールなど高信頼用途でも採用が進む。
信頼性・欠陥制御
光デバイスでは転位・点欠陥や界面粗さが非放射再結合中心として働き、しきい値上昇や出力劣化、暗電流増大の要因となる。エピ層の不純物制御、欠陥フィルタ層、最適アニールが有効である。レーザでは端面コーティングや窒化処理により、鏡面の劣化・COD(Catastrophic Optical Damage)を抑制する。
熱設計と放熱
InPの熱伝導率はSiC/GaNほど高くないため、ハイパワーデバイスではサブマウント(SiC、AlN、ダイヤモンド)やフリップチップ実装、メタライズ拡散板による熱拡散が重要である。光デバイスではヒートスプレッダと温調(TEC)の最適化により、波長ドリフト・しきい値変動を抑え、長期安定動作を確保する。
微細加工と実装
エッチングはCl系ドライやHCl/H3PO4ウェットが用いられ、側壁形状と表面ダメージの最適化がデバイス特性に直結する。{110}面への劈開でレーザ端面を形成し、AR/HRの多層膜で反射率を制御する。受光器では薄化研磨と裏面入射、低歪みバンプ接合により、帯域と感度、寄生容量の低減を両立する。
代替・競合プラットフォームとの比較
光源はInPが依然優位である一方、Siフォトニクスは受動回路・大量生産で強みを持つ。GaAsは可視〜近赤外の一部で適し、GaNは高耐圧・高温環境に強い。近年はSi上へのInP薄膜接合やハイブリッド集積が進み、両者の長所を統合する動向が加速している。
安全性・環境対応
エピ成長で用いるPH3などの水素化物は強毒性であり、排気スクラバやリーク検知、厳格な手順が不可欠である。ウエハ廃液・研磨スラリーは適切に回収・処理し、金属インジウムやリン化物の環境負荷を低減する。製造拠点では法令・規格に基づく化学物質管理とトレーサビリティを徹底する。
補足:略号と用語
DFB(Distributed Feedback)、DBR(Distributed Bragg Reflector)、MQW(Multi-Quantum Well)、MOCVD(Metal-Organic CVD)、MBE(Molecular Beam Epitaxy)、HEMT(High Electron Mobility Transistor)、HBT(Heterojunction Bipolar Transistor)、PIC(Photonic Integrated Circuit)など、InP関連では頻出の略号がある。設計・製造・評価の各工程で統一用語を用いることが品質と生産性の向上につながる。