IEC 61000-4-2
IEC 61000-4-2は、静電気放電(ESD)に対する機器のイミュニティを評価するための基礎規格である。接触放電と気中放電を規定し、試験レベル、波形仕様、試験配置、判定方法を統一することで、製品分野横断で再現性の高い評価を可能にする。試験はEUT(被試験機器)を動作状態に置き、HCP(水平結合板)、VCP(垂直結合板)、GRP(基準接地板)を備える標準環境で実施する。試験の合否は最終的に製品分野の適用規格に委ねられるが、開発段階では本規格を基準に設計マージンと対策効果を定量把握するのが有効である。
規格の位置付けと目的
IEC 61000-4-2はEMCの「-4-x」シリーズに属する試験手順の基礎規格であり、装置やサブシステムが実使用環境で被る静電気放電に対し、機能を維持できるかを検証する。人体や金属物体からの放電を模擬するESDシミュレータ(ESDガン)と標準化された試験配置を用い、機器の脆弱箇所(筐体継ぎ目、コネクタ、操作部、表示部など)に対して系統的に放電することで、再現性の高い結果を得ることを目的とする。
試験レベルと適用方法
試験レベルは接触放電(主に導電面)と気中放電(絶縁面や接触困難部)で段階的に定義される。一般に次のレベルが用いられる。
- 接触放電:±2 kV(レベル1)、±4 kV(レベル2)、±6 kV(レベル3)、±8 kV(レベル4)
- 気中放電:±2 kV、±4 kV、±8 kV、±15 kV(最高レベル)
接触放電は金属部や導電性の表面に適用し、気中放電は樹脂筐体やスリットなど接触が安定しない箇所で用いる。各試験点では正負極性を実施し、機器の実使用態に近い動作モードで評価することが求められる。
波形仕様と校正要件
IEC 61000-4-2の模擬回路は150 pFのコンデンサと330 Ωの放電抵抗を基本とし、立ち上がり時間は0.8 ns程度(許容差あり)で規定される。放電電流の初期ピークは概ねIpeak≈V/330 Ωで見積もれ、例えば8 kV接触放電で約24 A、15 kV気中放電で約45 Aとなる。規格は30 nsおよび60 ns後の電流値(I30、I60)のウインドウも定め、エネルギ分布の妥当性を検証する。シミュレータは校正用電流ターゲットでレベルごとに波形検証を行い、ケーブル長やグリップ状態などの影響を管理する。
試験セットアップ(HCP/VCP/GRP)
試験はGRP上に高さ0.8 mの非導電台を置き、その上にHCPを配置する標準構成をとる。VCPはEUTに対する間接放電評価のため、規定距離でEUT近傍に立てて用いる。接地は規格の指示に従い短く低インピーダンスでまとめ、不要なループや浮遊容量を避ける。EUTは実使用に準じた電源、負荷、通信を接続し、動作ログやエラー検知が行える監視系を用意する。
放電の実施要領(回数・間隔・極性)
各試験点では正負それぞれ所定回数(一般に10回程度)を1 s以上の間隔で実施する。接触放電はプローブ先端を確実に接触させ、気中放電は一定のアプローチ速度で最短破壊電圧を引き出す要領で行う。間接放電ではVCPやHCPに対して定められた位置で放電し、結合経路経由の影響を評価する。影響が最大となる点を探索し、最悪条件での再現試験を行うことが望ましい。
機能判定とパフォーマンス基準
本規格自体は最終の合否基準を規定しない。一般にはA/B/C/Dのパフォーマンス基準が参照され、Aは機能劣化なし、Bは一時的性能低下が回復、Cは操作者介入で回復、Dは回復不能を示す。どの基準を採用するかは製品分野の適用規格または製品仕様によるため、設計段階で想定運用と安全要求に即して受入条件を明確化することが重要である。
設計対策の要点(ハードウェア)
ESDは数十アンペア級の高速パルスであり、寄生容量・インダクタンスの経路設計が支配的である。筐体の導電連続性を確保し、パネル継ぎ目やI/O開口部のインピーダンスを下げる。コネクタ外周からシャーシへ最短で落とす帰還経路を設け、信号線にはTVSダイオード、シリーズ抵抗、共振抑制のRCスナバを適用する。基板ではガードパターン、レイヤスタックでのシャーシ参照面確保、GNDスリットの最小化、ESD分流用ビアの多点配置などが有効である。
設計対策の要点(ソフトウェア/システム)
リセット監視、ウォッチドッグ、重要レジスタの再初期化、通信タイムアウト処理などの回復機構をあらかじめ組み込む。ESDで一時的にI/Oが誤動作する場合はデバウンスやフィルタリングを強化し、電源監視とブラウンアウト設定を適正化する。ログ取得と例外ハンドリングを備えれば、不具合解析と再現性向上に直結する。
代表的な見落とし
筐体ネジや装飾パネルなど一見非電気部品が主要な注入点となる例は多い。塗装や樹脂の膜厚・含水率により気中放電の臨界が変動するため、実機材質での評価が不可欠である。ESDガンの保持姿勢やケーブル取り回しも波形再現に影響するため、手順書に写真と寸法で明示し、再試験時のばらつきを抑える。
試験計画とドキュメンテーション
IEC 61000-4-2試験は、対象ポートの網羅、試験点・極性・レベル・回数の表、運転モード、判定基準、監視方法、復帰手順、測定器の校正状態を含む計画書を作成して臨む。結果記録では放電位置の写真、波形検証レポート、事象のタイムスタンプ、回復に要した操作を残し、設計対策との因果を追跡できるようにする。開発初期はプリコンで脆弱箇所を早期抽出し、量産前に正式試験でエビデンスを整えるのが実務上効率的である。
以上のようにIEC 61000-4-2は、装置のESD耐性を体系的に検証するための基礎枠組みを提供する。波形・セットアップ・手順の各要素を正しく理解し、設計段階の回路・レイアウト・筐体・ソフトの多層対策と、再現性ある試験運用を組み合わせることで、実使用環境における誤動作や障害を大幅に低減できる。