FIFAワールドカップ2026 マジャール代表|悲願の本大会、44年ぶりの雪辱

FIFA ワールドカップ 2026 マジャール代表

FIFA ワールドカップ 2026 マジャール代表とは、2026年北中米ワールドカップにおけるハンガリー(マジャール)サッカー代表チームの動向と、その予選過程を指す。ハンガリー代表はFIFAランキング37位でUEFA欧州予選グループFに入り、ポルトガル・アイルランド・アルメニアと同組を戦った。最終節まで2位につけてプレーオフ圏内に位置したものの、2025年11月16日のホームゲームでアイルランドに終了間際の失点により2-3と逆転負けを喫し、3位転落で予選敗退が決定した。1986年メキシコ大会以来となる40年ぶりの本大会出場の夢はかなわず、主将ドミニク・ソボスライをはじめ複数の選手が号泣する姿が世界中に伝えられた。1938年・1954年のワールドカップで2度の準優勝を誇る古豪が、また一度世界の舞台に立てなかったことは、サッカーファンに大きな衝撃を与えた。

ハンガリー代表の歴史と「マジック・マジャール」

FIFA ワールドカップ 2026 マジャール代表が今日においても「古豪」と呼ばれる背景には、1950年代の黄金時代がある。ハンガリー代表はサッカーハンガリー連盟(MLSZ)によって構成されるナショナルチームであり、20世紀初頭のオーストリア・ハンガリー帝国時代から国際試合を続けてきた。1938年フランス大会では決勝に進出してイタリアに敗れ準優勝を記録し、1954年スイス大会でも再び決勝まで勝ち上がった。この1950年代前半のチームは「マジック・マジャール」(Magical Magyars)と呼ばれ、1950年5月から1954年6月の決勝まで公式・非公式を含めて32試合28勝4分という無敗記録を打ち立てた。1試合平均得点4.5点という攻撃力は当時の世界を圧倒しており、1952年ヘルシンキオリンピックでは金メダルを獲得、1953年にはイングランドをウェンブリーで6-3と破ってサッカー界の歴史を塗り替えた。フェレンツ・プスカシュ(85試合84得点)、コチシュ・シャーンドル(68試合75得点)らスター選手を擁したこの時代が、ハンガリーの「古豪」としての地位を今に伝えている。

黄金時代の終焉と長い低迷期

1954年のワールドカップ決勝では西ドイツに2-3と敗れたものの、マジック・マジャールの実力は健在だった。しかし1956年のハンガリー動乱がチームを事実上解体させた。ソ連の介入を恐れた主将プスカシュ、コチシュ・シャーンドルらが遠征先から帰国せず西側諸国へ亡命し、主力を一気に失ったハンガリー代表は急速に力を落とした。以降、ワールドカップ本大会に出場できたのは1966年・1978年・1982年・1986年メキシコ大会までで、1986年大会を最後に本大会の舞台からは遠ざかっている。UEFA欧州選手権への出場も2016年、2020年(開催は2021年)、2024年と近年は続いているが、いずれもグループステージ敗退に終わった。ワールドカップの予選敗退が続く間にも、1950年代の記録は「国際試合連勝記録33」として今なお破られていない不滅の金字塔として残っている。

2026年ワールドカップ欧州予選

UEFA欧州予選は2024年12月にグループ抽選が行われ、FIFA ワールドカップ 2026 マジャール代表はグループFに振り分けられた。同組はポルトガル、アイルランド、アルメニアの4チームで構成され、2025年9月から11月にかけてホーム&アウェー方式の総当たりが実施された。各グループ1位が本大会へ直接出場、2位がプレーオフ進出という規定のもと、ハンガリーはポルトガルを相手に第2節で2-3と敗れたものの、第3節でアルメニアに2-0、第5節でもアルメニアにアウェーで1-0と連勝し、勝ち点11で首位ポルトガルに次ぐ2位で最終節を迎えた。以下がグループFの全日程と結果である。

日付 対戦 スコア
1 2025年9月6日 アイルランド vs ハンガリー 2-2
2 2025年9月9日 ハンガリー vs ポルトガル 2-3
3 2025年10月11日 ハンガリー vs アルメニア 2-0
4 2025年10月14日 ポルトガル vs ハンガリー 2-2
5 2025年11月13日 アルメニア vs ハンガリー 0-1
6 2025年11月16日 ハンガリー vs アイルランド 2-3

悲劇の最終節――ブダペストの逆転負け

2025年11月16日、ブダペストのプシュカーシュ・アレーナで行われた運命の最終節、ハンガリーは3位のアイルランド(FIFAランキング62位)と対戦した。引き分けでもプレーオフ進出が確定する状況で、試合は開始3分にソボスライのアシストで先制した。しかし前半15分にPKで失点、前半37分にDFケルケズのクロスからFWバルガが左足ボレーで勝ち越し、2-1で折り返した。後半35分にまたも追いつかれ2-2となり、このままのスコアでもプレーオフ圏内だったが、後半アディショナルタイム6分、アイルランドFWトロイ・パロットにこぼれ球を押し込まれ痛恨の2-3。ハットトリックを決めたパロットに試合を引っくり返され、3位に転落した瞬間、主将ソボスライをはじめ複数の選手が涙を流してピッチに崩れ落ちた。この結末はソーシャルメディア上で「ドーハの悲劇を思い出す」と日本でも広く話題になった。

主将ドミニク・ソボスライとその貢献

予選における最大のキーマンはリバプールFC所属のMFドミニク・ソボスライ(2000年生まれ)だった。グループF6試合を通じて5得点に絡む活躍を見せ、第4節ポルトガル戦でのアディショナルタイム同点弾など土壇場での仕事も光った。25歳で迎えたこの予選はキャリアの絶頂期にあり、リバプールでもシーズン通じてチームの中心を担うなど国際的な評価も高い。リバプールの同僚でもあるDFミロシュ・ケルケズも左サイドで精力的なプレーを続けた。世界的に実力が認められる2選手を擁しながら本大会出場を逃したことで、「ソボスライをW杯で見られないのか」という惜しむ声が世界のサッカーファンから寄せられた。

マルコ・ロッシ監督と戦術

ハンガリー代表を率いたのはイタリア人のマルコ・ロッシ監督(1964年生まれ)で、2018年から代表の指揮を執っている。国内では無名だった同監督はハンガリーリーグの名門ホンヴェドを2016-17シーズンに優勝に導き、その実績が買われて代表監督に就任した。UEFAネーションズリーグではイングランドに2度勝利するなど強豪相手の番狂わせを幾度も演じ、組織的な守備をベースに少ないチャンスを確実に得点へつなぐカウンター主体のスタイルを浸透させた。EURO2020・2024と連続して本大会出場を果たし、2026年予選でも最終節まで2位につけたことは評価に値するが、最後の一戦で守りに入ったかのような姿勢が命取りとなったとの見方もある。

ハンガリーのワールドカップ全体成績

ハンガリーはワールドカップに通算9度出場しており、過去の最高成績は1938年フランス大会と1954年スイス大会の準優勝2回である。出場が多かった時期は1930年代から1980年代にかけてで、1966年イングランド大会では準々決勝まで進出している。しかし1986年メキシコ大会を最後にFIFAワールドカップ本大会への出場はなく、2026年大会でも40年ぶりの復帰はならなかった。予選通算成績はFIFAランキング上位国に対しても互角以上に渡り合う場面も多く、実力と結果のギャップが「呪われた古豪」とも称される所以となっている。

  • 1938年大会:準優勝(決勝でイタリアに敗れる)
  • 1954年大会:準優勝(決勝で西ドイツに敗れる「ベルンの奇跡」)
  • 1966年大会:準々決勝(ソ連に敗退)
  • 1978年大会:グループステージ敗退
  • 1982年大会:グループステージ敗退
  • 1986年大会:グループステージ敗退(最後の本大会出場)

注目選手一覧

2026年ワールドカップ欧州予選に臨んだハンガリー代表の主要メンバーは以下のとおりである。ドミニク・ソボスライ、ミロシュ・ケルケズのリバプールコンビに加え、RBライプツィヒのグラーチ・ペーテルら欧州主要クラブで活躍する選手を複数擁したことで、近年の欧州予選では最も期待度の高いチームの一つに数えられていた。

ポジション 選手名 所属クラブ
MF ドミニク・ソボスライ リバプールFC(イングランド)
DF ミロシュ・ケルケズ リバプールFC(イングランド)
MF グラーチ・ペーテル RBライプツィヒ(ドイツ)
FW バルガ・バルナバーシュ フェレンツヴァーロシュ(ハンガリー)

予選敗退の意義と今後

ハンガリーの2026年欧州予選敗退は、単なる一チームの結果を超えた意味を持つ。プスカシュ以来の最高の世代とも評されるソボスライ世代が結束して戦いながら、最終節のアディショナルタイムという瞬間に夢が消えた事実は、サッカーの残酷さと面白さを同時に体現している。次回のワールドカップ2030年大会では主力選手の多くが20代後半から30代前半を迎える。ソボスライは2030年時点で29歳、ケルケズは27歳と円熟期にある。また、ハンガリーは欧州選手権への出場実績を積み上げており、UEFAネーションズリーグでの強豪撃破もたびたびこなしてきた。古豪復活への芽は決して絶えておらず、次の大舞台でソボスライらが雪辱を果たせるかが、欧州サッカーファンの注目を集め続けている。

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