FHSS(Frequency Hopping Spread Spectrum)|周波数を跳躍させる無線通信方式

FHSS(Frequency Hopping Spread Spectrum)

FHSS(Frequency Hopping Spread Spectrum)は搬送周波数を短時間ごとに切り替えながら送受信するスペクトラム拡散方式である。狭帯域干渉の影響を分散し、盗聴・妨害への耐性を高め、複数システムの共存性を向上させる特長をもつ。初期の無線秘匿技術を起源とし、現在は2.4GHz帯の近距離無線(例:Bluetooth Classic)や産業用無線、無線計測で広く用いられる。拡散は時間軸上での周波数切替により実現され、受信側は同一ホッピングパターンで同期追従することで復調を行う。

原理と構成要素

送信機は事前共有の擬似乱数(PN)系列に基づいて「ホップセット(利用周波数集合)」から瞬時に搬送周波数を選び、一定の滞在時間(dwell time)だけ送信し、次チャネルへ跳ぶ。受信機は同一系列とクロックで周波数合致させ、シンボルの復調を行う。必要要素はPN発生器、周波数シンセサイザ(PLL/DFE)、チャネルフィルタ、変復調器(例:GFSK)などである。

処理利得と拡散効果

拡散により狭帯域妨害が占める時間・周波数の割合を小さくできる。概念的には有効帯域幅比に応じて処理利得が得られ、干渉チャネルに当たったホップのみ誤り率が上がるが、他ホップで平均化されるためパケット全体の受信成功率が向上する。

ホッピングシーケンスと同期

シーケンスはPN系列やデバイスアドレスを種にして生成し、規格で定義されたチャネル間隔・順序制約に従う。初期捕捉では広帯域スキャン→タイミング合致→周波数追従の順に同期し、運用中はクロックドリフトを補償しながらホップを先読みする。再送制御やエラーチェックにより一時的な衝突・妨害を回避する。

滞在時間とホップレート

dwell timeは法規や実装条件で上限があり、ホップレート(1秒あたりのホップ回数)を高めると耐干渉性は増す一方で、PLLロック時間や切替過渡の設計がシビアになる。チャネル幅・本数、送信出力、占有時間は相互にトレードオフである。

性能指標

評価指標にはパケット誤り率(PER)、ビット誤り率(BER)、再送回数、ホップ衝突確率、スループット、接続復帰時間、共存環境での実効スループットなどがある。狭帯域ノイズや部分的な帯域占有があっても、健全なチャネルでの伝送を積み上げることで平均性能が安定する。

適応型周波数ホッピング(AFH)

AFHは干渉の強いチャネルをブラックリスト化し、健全チャネルへホップ分布を再配分する手法である。2.4GHz帯ではWi-Fiや電子レンジなどの干渉源を検知して回避し、実効スループットと通話品質の維持に寄与する。

DSSS・OFDMとの比較

DSSSは拡散符号で帯域全体に信号を広げるのに対し、FHSSは時間ごとに搬送周波数を切替える。FHSSは狭帯域妨害に強く、周波数選択性フェージングの影響を平均化しやすい。一方でシンセサイザ切替や同期管理が課題となる。OFDMは多サブキャリアで周波数選択性に強いが、線形性やPAPR管理が必要である。用途や帯域規制に応じて方式を選択する。

応用分野

  • 近距離音声・データ:Bluetooth Classic系のヘッドセットやバーコードスキャナなど。
  • 産業用無線:設備監視、搬送制御、現場計測での耐干渉・高信頼通信。
  • フィールド計測:複数台が同一帯域を共用する場面での衝突分散。
  • 秘匿・堅牢通信:周波数追従が難しく、受動的盗聴に対して一定の困難を与える。

規制・適合

各国の免許不要帯(例:2.4GHz ISM)では出力、ホップ数、滞在時間などに要件がある。機器は電波法上の適合(技適)、EMC、安全規格、化学物質規制(RoHS等)を満たす必要がある。設計段階からスペクトラムマスク、占有帯域、不要輻射の管理を行うことが重要である。

設計上の留意点(RF・ベースバンド)

PLLのロック時間短縮と位相雑音低減、PAの線形性と立上り制御、フィルタの群遅延、切替過渡時のスプリアス抑制が鍵である。ベースバンドではホップスケジューラ、誤り訂正、再送制御、時刻同期(クロック回復)を最適化し、AFHの評価・学習窓を適切に設計する。

アンテナ・筐体設計

筐体内でのアンテナ配置は人体近接や金属部品の影響で指向性・効率が変動する。ホップ先でも十分な利得が得られるよう、広帯域またはマルチバンド特性を確保し、接地や同軸取り回しでRF損失を抑える。

セキュリティの考え方

FHSSは未知のシーケンスに対して受動追従を困難にするが、暗号化の代替ではない。実運用ではペアリング、認証、暗号化(例:AES)を組み合わせ、鍵管理や更新手順を含めた全体設計で機密性と完全性を担保する。

トラブルシューティングと評価

  1. 干渉源調査:スペクトラムアナライザで帯域使用状況を把握し、AFHのブラックリストを検証する。
  2. 同期不良:クロック偏差、初期捕捉手順、再送閾値、ホップテーブル一致を確認する。
  3. 到達性低下:アンテナ効率、設置環境、人体遮蔽、筐体共振、出力制限の影響を点検する。
  4. 品質評価:PER/スループットの長時間ログ、チャネル毎成功率、滞在時間遵守を監査する。

実装例と動向

Bluetooth ClassicはAFHを用いるFHSS系であり、音声・データ混在の近距離用途で実績がある。BLEもチャネルホッピングを採用し共存性を高めている。産業分野では自営無線や独自プロトコルでのFHSSが活用され、干渉の多い工場環境でも安定通信を実現している。今後は混雑帯域での機械学習型AFH、マルチラジオ協調、低電力・高速ロックPLLによる高ホップレート化が注目される。