ESD
ESD(Electrostatic Discharge、静電気放電)は、物体間の電位差が一定条件を満たしたときに瞬時に発生する放電現象である。人体やツールに蓄積した電荷が半導体デバイスの端子に流入すると、ナノ秒〜マイクロ秒の高電流パルスとなり、ゲート酸化膜の破壊や金属配線の溶断、ラッチアップを引き起こす。製造現場・フィールドの双方で品質劣化の潜在要因となるため、設計・製造・保守の全工程で管理対象とする。
定義と位置づけ
ESDは「静電気が蓄積された物体間で、電位差解消のために短時間で電荷移動が生じる現象」を指す。帯電は摩擦・分離・誘導で発生し、人体・衣服・樹脂・搬送トレイ・床材などが電荷のリザーバとなる。電子部品は耐量が小さく、しきい値は数百V以下のことが多い。EMCの観点では、ESDは外来イミュニティ事象であり、システム耐性を規格化試験で検証する対象である。
物理原理:帯電・容量・放電経路
帯電量Qと対象の静電容量Cに対し電位VはV=Q/Cで表され、乾燥環境ではCが小さいため同じQでも高電位となる。放電は先鋭電極や縁部から始まり、火花放電・コロナ放電・表面放電などの形態をとる。ESD電流は急峻な立上り(サブナノ秒〜数ns)と高いピーク(数A〜数十A)を持ち、配線・グラウンドの寄生L/Cと共振して過電圧を生む。
影響:故障モードと潜在不良
ESDは即時故障(ハードフェイル)だけでなく、マージン低下や時限故障(ソフトダメージ)を誘発する。代表例はMOSゲート酸化膜破壊、金属配線のヒューズ、PN接合の逆バイアス過応力、保護ダイオードの過熱、受動部品の絶縁劣化である。システムレベルではリセット・誤動作・通信リンクの瞬断など一過性不具合が現れる。
規格と適合性評価
ESD管理は静電対策規格に基づく。デバイス耐量はHBM(Human Body Model)、MM(Machine Model)、CDM(Charged Device Model)で評価される。システムの耐性はIEC 61000-4-2に準拠し、接触放電・気中放電で規定レベル(例:±8 kV接触、±15 kV気中)に対する動作維持を確認する。工場管理はANSI/ESD S20.20等のマネジメントシステムを参照する。
設計段階の対策
- 回路保護:入出力にTVSダイオード、RCスナバ、シリーズ抵抗を配置し、クランプ電圧・応答時間・容量を信号要件と両立させる。
- レイアウト:ESDストロークの最短・低インダクタンス経路を確保し、ビア多重化、幅広GND、帰路の直下化で寄生Lを抑える。
- シールド・筐体:導電筐体と基板GNDを適切に結合し、開口部・I/O周辺にガスケットやフィンガーストックを実装する。
- 絶縁・クリアランス:放電開始を制御するための絶縁距離・沿面距離を確保し、鋭利端部を避ける。
製造・運用段階の対策
- EPA(Electrostatic Protected Area):ESD保護区域を設定し、導電床・リストストラップ・接地マット・導電ラックを一体接地する。
- 材料選定:帯電防止(表面抵抗10^6〜10^9Ω/□)、導電(〜10^5Ω/□)、絶縁材を用途で使い分け、搬送容器・トレイは帯電防止材とする。
- 環境管理:相対湿度40〜60%を維持し、乾燥季の帯電上昇を抑える。
- 衣服・工具:導電繊維を織り込んだESDウェア、ESD手袋、導電靴を採用する。
測定・監視と教育訓練
人体電位・床抵抗・接地抵抗・リストストラップ監視を定期測定し、イオナイザのオフセット電圧・中和時間を点検する。静電電位計、表面抵抗計、ESDイベントモニタを用い、異常値は設備起因と手順逸脱に切り分ける。作業者教育では帯電メカニズム、EPAルール、ツール取扱い、保護梱包までを標準化する。
試験手順の勘所
IEC 61000-4-2準拠試験では、ESDガンの校正、接触放電優先、気中放電の再現性確保、被試験体の動作モード設定が要点となる。印加点は操作部・I/O・筐体継ぎ目・開口周辺など感受性の高い箇所を網羅する。性能判定は誤動作許容範囲と復帰条件を定義し、試験ログに波形・ポラリティ・回数を記録する。
よくある故障要因
- CDM対策不足:高速I/Oの保護素子容量制約によりクランプ遅れ、配線Lで過電圧。
- GND不連続:筐体と基板の高周波GNDが分離し、放電電流が信号リターンへ流入。
- 帯電防止材の老朽化:表面抵抗上昇で中和不良、作業者の電位が上がる。
- 梱包不適切:導電袋未使用や絶縁材のみの梱包で搬送中に帯電。
EMCとの関係とシステム視点
ESDはEFT/Burstやサージに比べ超短パルス・広帯域であり、筐体・配線の電磁結合を通じて広範な回路へ同時注入される。よって単一ポートの保護だけでなく、GNDネットワーク、ケーブル引き回し、フィルタの配置、シャーシ結合の総合最適化が不可欠である。デバッグでは近接注入、TLP/VTLP、電流プローブ計測、時間相関で根因を特定する。
実務上のチェックリスト
- 設計審査:保護素子選定、レイアウト帰路、シャーシ結合、開口対策の確認。
- 設備:EPAの接地連続性、イオナイザ配置、床材・椅子・台の表面抵抗。
- 手順:着衣規定、搬送梱包、保管・出荷の帯電対策、季節変動対応。
- 検証:部品レベル(HBM/CDM)とシステムレベル(IEC)双方の適合性。
用語整理
ESDは現象名であり、EPAは保護区域、HBM/CDMはデバイス耐量モデル、TVSはクランプ素子、イオナイザは中和装置を指す。これらを混同せず、工程ごとにKPI(不良率・再現試験合格率・イベント検出件数)で運用することが、品質と信頼性の維持に直結する。