EEC
EECは欧州経済共同体の略称であり、戦後ヨーロッパにおける経済統合を制度化した枠組みである。加盟国間の貿易障壁を段階的に取り除き、共通のルールの下で市場を拡大することで、成長と安定を同時に追求した点に特徴がある。のちに制度と政策は拡張され、欧州共同体、さらに欧州連合へと連続的に受け継がれていった。
成立の背景
第二次世界大戦後の西欧は、復興と安全保障の課題を抱えつつ、生産力の回復と国際競争力の向上を急いでいた。国家単位の保護主義が再燃すれば、経済の停滞だけでなく政治的な緊張も高まり得るため、相互依存を強める制度設計が選択肢として浮上した。こうした流れの中で、域内の経済活動を一本化する「共同市場」の構想が具体化し、条約によって恒常的な枠組みとして整えられていったのである。
法的基礎と設立目的
EECの基礎はローマ条約に置かれ、域内での財・人・サービス・資本の移動を円滑にし、企業活動の範囲を国境の外へ広げることが狙いとされた。重要なのは、単に関税を下げるだけでなく、競争条件を整えるための共通政策や共通規則を伴った点である。市場拡大による規模の経済、投資の促進、雇用機会の創出が期待され、同時に加盟国間の利害調整を制度の内部に取り込むことで、対立の政治的コストを抑える役割も担った。
共同市場の仕組み
共同市場を機能させるため、域内関税の撤廃と対外的な共通関税が整備され、関税同盟としての性格が強まった。さらに、数量制限や差別的規制の排除、技術基準や認証手続の調整が進み、取引の実務面での障壁も縮小していく。これにより企業は域内を単一の商圏として捉えやすくなり、部品調達から販売までのサプライチェーンが国境を越えて再編されやすくなった。労働移動や職業資格の相互承認も論点となり、統合は貿易から制度へと広がっていった。
機関構造と意思決定
EECは条約に基づく超国家的要素を含み、政策形成と執行を担う機関が配置された。代表例として欧州委員会が提案と執行の中核を担い、加盟国政府の意思を反映する理事会が法令形成で重要な役割を持った。加えて、議会的機能や司法的統制も組み込まれ、共通ルールの解釈と適用の一貫性が確保される仕組みが整えられた。意思決定は分野ごとに手続が異なり、全会一致が求められる領域と多数決が用いられる領域が併存したことが、統合の速度と政治的妥協のあり方を左右した。
「共通ルール」の意義
統合の実効性は、関税率の調整だけでなく、競争政策、補助金規律、標準化などの共通ルールに依存する。共通ルールは加盟国の裁量を一部制約するが、その代わりに市場の予見可能性を高め、越境取引に伴う交渉コストを引き下げる。制度化されたルールが、政治状況の変化に左右されにくい経済環境を提供した点は、EECの大きな特徴である。
主要政策と財政
共同市場の運用には政策の束が必要となり、代表的なものが共通農業政策である。農業は雇用と食料安全保障に直結し、価格支持や市場介入などの仕組みを通じて加盟国間の利害を調整した。同時に、域内の地域格差や産業構造の違いが統合の摩擦になり得るため、地域政策や社会政策の議論も進展した。共同体予算は加盟国拠出と独自財源の組み合わせで構成され、政策の実施能力を担保する一方、負担配分をめぐる政治問題も生みやすかった。
拡大と深化
EECは加盟国の追加によって地理的範囲を広げるとともに、制度面では「より深い統合」を志向した。貿易の自由化が進むほど、税制、規制、公共調達、資本市場などの領域で調整の必要が高まり、統合は政策協調を伴う段階へ移行していく。こうした深化を促したキーワードが単一市場であり、物理的・技術的・財政的な障壁の除去が掲げられた。市場統合の深化は、企業再編や投資立地の再評価を引き起こし、各国の産業政策や雇用政策にも影響を与えた。
EC・EUへの移行
EECはその後、共同体全体の枠組み再編の中で呼称と制度的位置づけを変えていく。統合を加速させるための制度改革や条約改正が重ねられ、共同体の権限領域は拡大した。最終的に、欧州統合は政治・外交・通貨などを含むより広い枠組みへ発展し、その転換点としてマーストリヒト条約が重要である。ここでの変化は断絶というより、EECが形成した市場統合と制度運用の蓄積が、より包括的な統合を可能にした結果として理解される。
歴史的意義
EECの意義は、域内市場の拡大による経済効果だけにとどまらない。国境を越えるルール形成を日常化し、加盟国の政策選択を相互調整へと向かわせた点に、政治経済史的な重みがある。統合は利害対立を消し去るものではなく、対立を制度の内部で処理する手続きを与えるものであった。結果として、ヨーロッパにおける国家と市場の関係、主権と協調の境界は再定義され、現代の欧州統合の基層をなす経験として位置づけられる。