日本史

日本史

隠れキリシタン|禁教下の日本で信仰を守り抜いた人々

隠れキリシタン隠れキリシタン(かくれキリシタン)とは、日本の江戸時代において江戸幕府が発布した禁教令の後に、表向きは仏教徒として寺請制度に従いながら、密かにキリスト教(カトリック)の信仰を守り続けた信者たちのことである。16世紀半ばにフラン...
日本史

上ツ道|奈良盆地を縦断する日本最古の官道

上ツ道上ツ道(かみつみち)は、日本の古代道路の1つであり、奈良盆地の東部を南北に縦断する大規模な官道である。飛鳥時代から奈良時代にかけて国家主導で計画的かつ直線的に整備された大和三道(やまとさんどう)の東端に位置し、西側に一定の等間隔で並行...
日本史

弥生時代|金属器と水耕栽培が日本に入ってきた時代

弥生時代弥生時代は、紀元前6-5世紀ごろに北九州からはじまった農耕や金属に特徴づけられた文化で、紀元3-4世紀ころまでをいう。弥生時代の名称は、縄文時代と同様に弥生式土器と呼ばれる土器によって名付けられた。弥生時代の文化を弥生文化という。弥...
日本史

隠者|世俗を離れ静寂に真理を求める者

隠者隠者(いんじゃ)とは、世俗との関わりを断ち切り、社会的な地位や名声、物質的な豊かさを捨てて、孤独のうちに宗教的、精神的な修養に励む者を指す。古くから東洋・西洋を問わず、宗教的境地への到達や自己の内省を目的として、山林や荒野に身を隠す生活...
日本史

有栖川宮|皇統を支えた宮家

有栖川宮有栖川宮は、近世以降の日本において皇統を支えるために位置づけられた「宮家」の一つであり、政治と軍事、そして宮廷文化の接点に立った存在である。江戸時代の朝廷秩序のなかで形成され、幕末から近代国家へ移る激動期には、皇族としての象徴性と公...
日本史

議院内閣制|立法と行政が一体となり運営する政治形態

議院内閣制議院内閣制とは、行政府たる内閣が立法府たる議会の信任に基づいて成立し、かつ議会に対して連帯して責任を負う政治体制のことである。国民の代表機関である議会の多数派が内閣を組織するため、民意が行政府の運営に反映されやすいという特徴を持つ...
日本史

百済河成|平安初期を代表する伝説的画師の生涯と画風

百済河成百済河成(くだらのかわなり、延暦元年(782年) - 仁寿3年(853年))は、平安時代初期から前期にかけて活躍した日本の官人であり、宮廷に仕えた最初期の著名な絵師である。姓(カバネ)は朝臣であり、もとは百済王(くだらのこにきし)氏...
日本史

寛政異学の禁|朱子学を正学とし聖人の道を護る

寛政異学の禁寛政異学の禁(かんせいいがくのきん)とは、1790年(寛政2年)に江戸幕府の老中であった松平定信が主導した寛政の改革の一環として発令された、思想統制および学問統制の法令である。この禁令は、幕府の公立学校である湯島聖堂(後の昌平坂...
日本史

懐良親王|九州を平定した南朝勢力の征西将軍親王

懐良親王懐良親王は、南北朝時代に活躍した南朝側の皇族で、後醍醐天皇の皇子である。征西大将軍として九州に下向し、肥後の豪族である菊池武光らの協力を得て、一時は九州全土を席巻する南朝の黄金時代を築き上げた。明朝からは「日本国王」として冊封される...
日本史

伊勢神宮|日本人の心の故郷、悠久の時を紡ぐ社。

伊勢神宮伊勢神宮は、三重県伊勢市に鎮座する神社であり、正式名称を「神宮」と称する。わが国の八百万の神々の最高位とされる天照大御神を祀る皇大神宮(内宮)と、衣食住および産業の守護神である豊受大御神を祀る豊受大神宮(外宮)を中心とした125の社...