ダイス鋼|金型を支える高硬度・高耐摩耗の工具鋼

ダイス鋼

ダイス鋼(Die steel)とは、金型(ダイス)の素材として用いられる合金工具鋼の総称であり、JIS規格ではSKD(Steel Kougu Dies)として分類される。炭素工具鋼に少なくとも3%以上のクロム(Cr)を添加し、さらにタングステン(W)・モリブデン(Mo)・バナジウム(V)などを複合添加することで、高い焼入れ性・耐摩耗性・靭性を付与した鋼種群である。使用温度域によって冷間ダイス鋼(代表鋼種:SKD11)と熱間ダイス鋼(代表鋼種:SKD61)に大別され、プレス金型・ダイカスト金型・熱間鍛造金型など塑性加工用工具の主要素材として広く用いられる。

概要と分類

ダイス鋼はJIS G 4404「合金工具鋼鋼材」に規定されており、炭素工具鋼(SK)や合金工具鋼(SKS)よりも合金元素の添加量が多い高合金系に位置づけられる。焼入れをゆっくり行っても十分な硬さが得られる(焼入れ性が高い)ことが最大の特徴であり、複雑形状の金型でも焼割れが生じにくい。JIS記号でSKDとあるのは Steel(S)・Kougu(K)・Dies(D)の略であり、数字が冷間・熱間の系統を区別する。冷間用はSKD1・SKD2・SKD11・SKD12など、熱間用はSKD4・SKD5・SKD6・SKD61・SKD62・SKD8などが規格化されている。

冷間ダイス鋼

冷間ダイス鋼は常温付近で使用する金型・工具向けに設計された鋼種であり、代表鋼種はSKD11(高炭素高クロム冷間ダイス鋼)である。炭素(C)約1.5%・クロム(Cr)約12%を含む高炭素高クロム系で、焼入れ・焼戻し後の硬度はHRC58〜62程度に達し、耐摩耗性が極めて高い。一方で熱間強度は低く、300℃を超えると強度が急激に低下するため高温環境には不向きである。主な用途はプレス型・板金型・冷間鍛造型・ゲージ・ねじ転造ダイスなどである。残留オーステナイト量が多くなりやすいため、サブゼロ処理(深冷処理)を施して寸法安定性を確保する場合がある。

SKD11の成分と熱処理

SKD11の代表的な化学成分(質量%)はC:1.40〜1.60、Si:0.40以下、Mn:0.60以下、Cr:11.00〜13.00、Mo:0.80〜1.20、V:0.20〜0.50である。焼入れ温度は1,010〜1,040℃で油冷または空冷とし、焼戻しは150〜200℃(低温焼戻し)で行って高硬度を維持するか、490〜530℃(高温焼戻し)で二次硬化を利用した焼戻し硬化を得る場合もある。高温焼戻し後は残留オーステナイトが不安定になるため、250〜450℃の中温焼戻しを追加して安定化する処理が推奨されることがある。

熱間ダイス鋼

熱間ダイス鋼は500〜1,200℃の高温環境下で使用する金型向けに設計された鋼種であり、代表鋼種はSKD61(クロム・モリブデン・バナジウム系熱間ダイス鋼)である。冷間ダイス鋼に比べて炭素量・クロム量は少なく靭性が高い設計となっており、焼入れ・焼戻し後の使用硬度はHRC40〜53程度である。Mo・Vが高温での炭化物を安定化し、焼戻し軟化抵抗性と耐熱疲労性を高める点がSKD61の本質的な設計思想である。主な用途はアルミニウムダイカスト金型・プラスチック射出成形金型・熱間鍛造金型・押出工具などである。

SKD61の成分と熱処理

SKD61の代表的な化学成分(質量%)はC:0.32〜0.42、Si:0.80〜1.20、Mn:0.25〜0.50、Cr:4.75〜5.50、Mo:1.00〜1.50、V:0.80〜1.20である。焼入れ温度は1,000〜1,030℃で空冷または油冷、焼戻しは550〜650℃で行い二次硬化を利用して実用硬度を得る。二次硬化はMo・V系炭化物の微細析出によるものであり、これによって高温強度と靭性を両立させている。使用環境が激しいダイカスト金型では、熱疲労によるヒートクラック(ヒートチェック)が発生しやすく、母材のじん性や析出炭化物の安定性がき裂進展抵抗を左右する。

合金元素の役割

ダイス鋼の特性は添加合金元素の種類と量に強く依存する。各元素の主な役割は以下のとおりである。

  • クロム(Cr):炭化物(Cr7C3・Cr23C6)の形成により耐摩耗性を高め、焼入れ性を大幅に向上させる。高Cr系冷間ダイス鋼では耐食性の付与にも寄与する。
  • モリブデン(Mo):高温での炭化物安定性を高め、焼戻し軟化抵抗性と高温強度を向上させる。熱間ダイス鋼では特に重要な元素である。
  • バナジウム(V):微細な炭化物(VC)を形成し、結晶粒の粗大化を抑制するとともに耐摩耗性・二次硬化への貢献が大きい。
  • タングステン(W):Moと同様の効果をもつが原子量が大きいため同一質量での添加量は少ない。一部の鋼種ではMoと複合添加される。
  • シリコン(Si):熱間ダイス鋼では酸化スケールに対する抵抗性を高め、高温での表面劣化を抑制する。

熱処理と組織

ダイス鋼は出荷時に球状化焼なまし(焼なまし)が施されており、フェライト基地中に球状炭化物が分散した軟質な組織で機械加工性を確保している。金型加工後に焼入れを行うとオーステナイト化した後にマルテンサイト変態し高硬度を得る。炭素・合金元素が多いほどMs点(マルテンサイト変態開始温度)が低下するため、常温冷却後も残留オーステナイトが残存しやすい。残留オーステナイトは残留オーステナイトとして時間とともにマルテンサイトに変態し寸法変化を引き起こすため、高精度用途ではサブゼロ処理(−75〜−196℃)によって残留オーステナイトを低減する。焼戻しは靭性の回復と残留応力の緩和を目的として必ず実施し、鋼種と用途により低温・高温焼戻しを選択する。

主な用途

ダイス鋼はその耐摩耗性・靭性・熱安定性から、幅広い塑性加工用工具に採用されている。冷間ダイス鋼(SKD11系)は常温でのプレス加工・打抜き・曲げ・冷間鍛造に用いる金型に適合し、切断刃・粉砕機刃物・計測ゲージにも使用される。熱間ダイス鋼(SKD61系)はアルミニウム・マグネシウムのダイカスト金型、スチール材の熱間鍛造金型、押出しダイスとして高温環境下で使用される。プラスチック射出成形金型ではP20鋼(JIS相当はSCM430系)が主流だが、高強度品や高耐食品ではSKD61やステンレス系ダイス鋼が選択されることもある。近年では窒化処理・PVDコーティング・DLCコーティングなどの表面処理を併用し、金型寿命をさらに向上させる手法が普及している。

関連規格

ダイス鋼に関わる主な規格・対応鋼種を以下に示す。

JIS記号 分類 ISO/主要対応 代表用途
SKD11 冷間ダイス鋼 ISO:X153CrMoV12 / AISI:D2 プレス型・冷間鍛造型・ゲージ
SKD1 冷間ダイス鋼 AISI:D3 引抜きダイス・冷間型
SKD61 熱間ダイス鋼 ISO:X40CrMoV5-1 / AISI:H13 ダイカスト型・熱間鍛造型
SKD62 熱間ダイス鋼 AISI:H11相当 押出しダイス・熱間型
SKD8 熱間ダイス鋼 AISI:H21相当 高温押出しダイス

ダイス鋼の管理と注意点

ダイス鋼は高合金系であるため、焼入れ加熱時の脱炭・粒界酸化を防ぐ目的で塩浴炉・真空炉・制御雰囲気炉(RXガス・窒素ガス等)が使用される。加熱速度が速すぎると熱応力で焼割れが生じやすく、大型・複雑形状品ほど予熱(400〜600℃での保温)が必要となる。研削加工後には研削割れが発生する場合があり、焼戻し不足や研削熱の管理に注意が必要である。また、ダイス鋼の硬さむら・軟点は金型の局所的早期摩耗や破損につながるため、受入検査での硬度測定と組織確認が重要な品質管理項目となる。

コメント(β版)