ウルグアイ=ラウンド|WTO発足へと導いた多角的貿易交渉

ウルグアイ=ラウンド

ウルグアイ=ラウンド(Uruguay Round)は、1986年から1994年にかけて行われた、ガット(関税および貿易に関する一般協定)の第8回にあたる多角的貿易交渉である。123の国と地域が参加し、従来の物品貿易だけでなく、サービス貿易、知的財産権、投資措置など、広範な分野における自由貿易の推進とルール作りを目的とした。この交渉の結果、1995年にはガットをより強力な組織へと発展させた世界貿易機関(WTO)が設立されることとなり、現代の国際経済秩序を規定する重要な転換点となった。

交渉の背景と開始

1980年代、世界経済は深刻な対立と変容のなかにあった。特にアメリカ合衆国は、日本や欧州諸国との間で激しい貿易摩擦を抱えており、自国の国際競争力が低下する中で巨大な貿易赤字に苦しんでいた。こうした状況下で、従来のガット体制では十分に対応できなかった農産物、サービス貿易、ハイテク産業に関連する知的財産権などの分野において、新たな多国間ルールを確立する必要性が高まった。1986年9月、ウルグアイのプンタ・デル・エステで開催されたガット閣僚会議において、新たな交渉サイクルの開始が宣言され、開催地にちなんでウルグアイ=ラウンドと名付けられた。この交渉は当初4年間の予定であったが、各国の利害対立が激しく、最終的な妥結までに約7年半の歳月を要することとなった。

主要な交渉分野と合意内容

ウルグアイ=ラウンドにおける交渉項目は極めて多岐にわたり、従来の物品の関税引き下げに加え、新たに「新分野」と呼ばれる領域が導入されたことが大きな特徴である。主な合意内容は以下の通りである。

分野 主な合意内容
農産物 非関税障壁の「関税化」および国内補助金の削減。
サービス貿易 金融、通信、運輸などのサービス取引に関する一般的原則の確立(GATS)。
知的財産権 特許、著作権、商標などの知的財産権保護の国際基準設定(TRIPS)。
繊維・衣類 長年続いてきた輸入数量制限の段階的廃止とガットへの統合。
紛争解決 貿易紛争を処理するための手続きを強化し、実効性を高める。

農業交渉と日本のコメ市場開放

交渉において最大の難関となったのが農業分野である。特にアメリカや農産物輸出国のグループである「ケアンズ・グループ」は、農産物貿易の徹底的な自由化を求めた一方、欧州共同体(EC)や日本、韓国などは食料安全保障や多面的機能を理由に強い抵抗を示した。日本にとって最大の焦点は、伝統的に聖域とされてきた「コメ」の市場開放であった。長期間にわたる交渉の末、最終的にはすべての非関税障壁を関税に置き換える「例外なき関税化」が原則として受け入れられた。日本はコメについて、当面の間は関税化を猶予する代わりに、一定量の輸入を義務付ける「ミニマム・アクセス」を受け入れることで妥結した。この決定は、戦後の日本の農政にとって歴史的な大転換を意味した。

WTOの設立とマラケシュ宣言

1993年12月、ガット事務局長ピーター・サザーランドの主導により、実質的な交渉が終結した。その後、1994年4月にモロッコのマラケシュで開催された閣僚会議において、最終合意文書が署名され(マラケシュ宣言)、ウルグアイ=ラウンドは正式に終結した。この合意に基づき、1995年1月1日にガットを発展的に解消する形で世界貿易機関(WTO)が発足した。WTOは、単なる国際協定であったガットとは異なり、国際法上の法人格を持つ強力な国際機関であり、紛争解決機能が大幅に強化された。これにより、世界貿易は「力による支配」から「ルールに基づく支配」へと移行するための強力な基盤を得ることとなった。

歴史的意義と現代への影響

ウルグアイ=ラウンドの妥結は、冷戦終結後のグローバル経済の拡大を決定づける出来事であった。関税のさらなる引き下げによる貿易拡大は世界経済の成長を促進し、開発途上国の国際経済への統合も進んだ。一方で、急速な市場開放が国内産業に与える打撃や、経済格差の拡大を懸念する保護貿易主義的な動きも根強く残ることとなった。また、このラウンドで積み残された課題や、デジタル経済への対応といった新たな課題を議論するために、2001年からはドーハ・ラウンドが開始されたが、先進国と新興国の利害対立により停滞を続けている。今日、二国間や地域間の自由貿易協定(FTA)が乱立する中で、ウルグアイ=ラウンドが築き上げた多角的な自由貿易体制の維持とその機能強化が改めて問われている。

ウルグアイ=ラウンドの要点

  • ガット体制下で最大かつ最後となった多角的貿易交渉である。
  • 農産物、サービス、知的財産権、投資など広範なルールを確立した。
  • 日本のコメ市場の一部開放(ミニマム・アクセス)が決定された。
  • 1995年の世界貿易機関(WTO)創設につながり、国際貿易の法的枠組みを完成させた。