WASP
WASPは、アメリカ合衆国における「White Anglo-Saxon Protestant」の略称であり、歴史的には白人・英語系・プロテスタントという属性をもつ支配的エリート層を指す概念である。人種・宗教・出自に基づく社会的カテゴリーであると同時に、政治権力や経済力、文化的影響力を独占してきた支配階級を表す語として用いられてきた。現在では、アメリカ社会のエスニック多様化が進むなかで、WASPという言葉は歴史的・批判的文脈で語られることが多い。
語源と基本的な定義
WASPという語は、第二次世界大戦後のアメリカ社会で広まった比較的新しい用語であるが、その指し示す集団の起源は、ピューリタンを中心とする植民地期の英系移民にさかのぼるとされる。Whiteは白人、Anglo-Saxonはイギリス系の出自、Protestantはプロテスタント系キリスト教を意味し、これら3つの条件を満たし、かつ上流・中上流階級に属する人びとが典型的なWASPと理解されてきた。自称として使われることは少なく、主に観察者や批評家の側から用いられるラベルである点も特徴である。
歴史的背景
植民地時代から19世紀にかけて、英系プロテスタントは北米の政治・経済・文化を主導し、WASP的エリートの基礎を形づくった。アメリカ独立革命を主導した指導者や、19世紀の大統領・議員・判事の多くはこの層に属していたとされる。また、南北戦争後の産業化にともない財閥・銀行家・鉄道王などが台頭すると、その中核にも英系プロテスタントのエリートが多く、彼らは大学・教会・財団などを通じて社会的権威を確立していった。
社会的特徴とエリート性
WASPは、単に血統や宗教によって特徴づけられるだけでなく、特定の生活様式や価値観とも結びついて理解されてきた。名門私立高校や一流大学への進学、社交クラブやカントリークラブへの所属、政界・財界・法曹界などへの就職と昇進といった経路を通じて、閉じた人的ネットワークが形成される傾向があったとされる。こうしたエリート文化は、新たに台頭した移民集団やカトリック、ユダヤ教徒などを排除しがちであった点で、しばしば批判の対象となった。
他集団との関係と排外主義
19世紀から20世紀初頭にかけて、アイルランド系や南・東欧系カトリック、ユダヤ系移民が急増すると、一部のWASP層は彼らを社会的・宗教的に劣った集団とみなし、排外的な言説や政策を支持した。移民制限法や、カトリック・ユダヤ教徒に対する差別的慣行の背後に、WASPエリートの価値観が影響したと指摘されることも多い。この文脈で、WASPという語は、排外主義やエスニックな優越意識の象徴として批判的に使用されるようになったのである。
20世紀以降の変容
20世紀後半、第二次世界大戦後の世界情勢の変化や、公民権運動をはじめとする社会運動の進展により、アメリカ社会における人種・宗教・出自をめぐる価値観は大きく変化した。カトリックやユダヤ系、さらにはアフリカ系やラテン系の人びとが政界・財界・学界に進出すると、WASPエリートの「独占的支配」は徐々に揺らぎ、多元的なエリート構造へ移行していった。それでもなお、多くの伝統的名門大学や財団、企業の上層部には、WASP的背景をもつ人びとが一定数存在すると指摘される。
現代アメリカ社会におけるWASP観
今日のアメリカでは、WASPという語はしばしば歴史的分析や風刺、社会批評の文脈で用いられる。多文化主義が浸透し、エスニック・アイデンティティが多様化するなかで、WASPは「かつて支配的であったが相対化されつつあるエリート像」として描かれることが多い。また、WASP的価値観とされる禁欲的勤勉さ、公的奉仕の精神、保守的道徳観などは、アメリカ合衆国の歴史や冷戦期の外交政策を理解するうえでも重要な手がかりとなっている。こうした文脈で、WASPという概念は、アメリカ社会の権力構造とエスニック関係を読み解くための鍵概念として位置づけられている。
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