宋銭
宋銭とは、中国の北宋・南宋期に鋳造された円形方孔の銅(および一部鉄)銭である。年号を銘とする整然たる書体、統一規格、継続的な大量鋳造を特色とし、国内の市場貨幣として機能したのみならず、東アジア広域へ流出して各地の商業化を促した。日本では中世に大量に流入し、物資の売買・年貢の一部金納・借銭取引などに用いられ、貨幣経済化を加速させた点で重要である。
定義と時代背景
宋銭は唐代の「開元通宝」体系を継承しつつ、北宋で官営鋳銭が拡大され、南宋でも継続された通用銭を指す。銘文は「〜通宝」「〜元宝」「〜重宝」などで、しばしば治世のスローガンや年号を反映する。国家主導の鋳造は財政収入(鋳銭益)を確保し、市場の決済手段を安定供給する役割を果たした。
形状・銘文・規格
宋銭の基本は円形に方孔、鋳造による製作で、表面に年号銘・裏面に点や文字を配するものがある。規格は概ね一文銭を単位とし、厚み・径・重量に一定の幅があるが、市場での計数・穿銭(銭を紐で綴る)を前提とした設計であった。
- 形状:円形方孔で携行・綴りが容易
- 銘文:端正な楷書・行書系が多く、書風の差で版別が判定可能
- 素材:銅合金が主、地域や時期により鉄銭も鋳造
- 単位:一文を基本に、計数で十文・百文・貫に束ねる
鋳造と官営体制
宋朝は銅鉱山・鋳局の統制を強め、地方鋳局を各地に配置して供給を維持した。鋳造工程では母銭の精度が重視され、良質な母銭から量産用の型を作ることで銘文の均一性を確保した。市場の需要期には増産され、不良銭の回収や改鋳も行われた。
銅資源の制約と鉄銭
宋代の経済成長は銅需要を膨らませ、銅原料の不足や価格高騰を招いた。とくに内陸部では鉄資源を活用した鉄銭が鋳造され、銅銭と併用された。鉄銭は摩耗や腐食に弱いが、供給補完の役割を果たし、地域ごとの銭種混合という複雑な通用環境を生んだ。
紙幣との併用(交子・会子)
銭貨の大量流通は搬送コストと盗難リスクを伴うため、手形・札の発達を促した。四川では「交子」、江南では「会子」が政府管理下で運用され、宋銭と紙幣の併用が進んだ。これは高額決済の効率化をもたらし、国家財政と市場の弾力性を高めた。
東アジアの流通圏
宋銭は宋国内を超えて東アジアへ流出した。朝鮮半島やベトナム、海上交易の結節点を通じて広く受容され、在地銭との併通も見られる。銭の標準化・計数性は、地域間取引の共通基盤となり、物価比較や利子計算などの商業実務の整備を促した。
日本への流入と中世社会
日本では日宋貿易を通じて宋銭が大量にもたらされ、鎌倉・室町期の市場貨幣となった。武家・寺社勢力は貫文を基準に収納・支払を行い、座や定期市の発展を後押しした。南宋の都臨安と港市の繁栄、北方動乱に伴う靖康の変など政治・軍事環境の変化も、銭の流出入に影響した。為政者徽宗・欽宗の時代を経て成立した南宋の経済活力は、流通銭の信認を支え、日本の宋代の社会への関心や模倣にも波及した。
撰銭と法令
中世日本では品位や版別の優劣を選り好みする「撰銭」が横行し、取引停滞を招いた。このため撰銭禁止・基準銭の指定などの法令が出され、市場秩序の維持が試みられた。これは通貨品質・計量の統一を国家や都市共同体が主導する過程でもあった。
価値尺度と会計慣行
宋銭は「文」を基本単位とし、百文=一束、千文=一貫といった計数が一般化した。日本では貫高表示が年貢や売買の尺度となり、貸借関係や利率設定の基盤を提供した。銭の束ね方(穿銭)の差異や手数料の有無は、実務的な価格差の要因となった。
銭譜と分類・鑑定
銭学では銘文・書体・径重・背文を手掛かりに、北宋・南宋の版別を判定する。たとえば「熙寧元宝」「元豊通宝」「政和通宝」「宣和通宝」「建炎通宝」など年号ごとの群があり、母銭由来の精鋳か、後期の劣鋳かで品質差が生じる。収集・研究では写し・異書・通用痕の比較が重視される。
考古学的出土と埋納
日本各地の中世遺跡から宋銭を中心とする渡来銭の出土が相次ぎ、流通圏・商業圏の復元に資する。大量一括の埋納銭は、危機時の資産退避・寺社の埋経と結びつくことがあり、年代幅や版構成の分析から、地域経済の通貨供給や選好の傾向が読み取れる。
関連人物と評価の変遷
南宋期の軍事・財政を巡っては、抗金を掲げた将岳飛と、講和・財政均衡を重視した宰相秦檜の対立が象徴的である。対外政策・内政運営の選択は貨幣流通や貿易の態様に波及し、結果として宋銭の地域間移動量にも影響を与えた。
用語ミニガイド
- 通宝・元宝・重宝:年号と結び、基本銭名を構成する用字
- 母銭:量産型を作る基準銭。出来栄えが銘文の鮮明度を左右
- 穿銭・貫:方孔に紐を通し束ねる実務と、その計数単位
- 鉄銭:銅不足時に補完的に鋳造された鉄製の通用銭
- 撰銭:品位差を理由に特定銭を忌避・選別する行為
- 交子・会子:地域発の紙幣。高額決済の効率化に貢献