CAN FD|高速大容量の次世代CAN通信規格

CAN FD

CAN FD(Controller Area Network Flexible Data-Rate)は、従来のCAN(Classic CAN)の物理層と仲裁手順を継承しつつ、データフェーズでのビットレート高速化(BRS: Bit Rate Switching)とペイロード拡張(最大64バイト)によりスループットを大きく高めた拡張規格である。仲裁フェーズはClassic CANと同等の公称ビットレート(例: 500 kbit/s)を用い、データフェーズで数Mbps級(例: 2~5 Mbps、設計次第で8 Mbps級)の高速化を行うため、既存配線を活用しながら更新時間短縮や大容量データ転送に適する。

背景と標準化

Classic CANは8バイト上限のペイロードと1 Mbps程度のビットレートを前提としていたが、ECUファーム書き換え時間の長大化、センサ量の増大、ADASや電動化によるデータ肥大化に直面した。これに応える形でCAN FDが提案・標準化され、ISO 11898-1:2015でプロトコルが規定された。初期には「非ISO CAN FD」実装も存在したが、現在は「ISO CAN FD」への統一が実務上の前提である。物理層はISO 11898-2(FD拡張)により伝送要件が整理され、FD対応トランシーバと組み合わせて用いる。

フレーム構造の要点

  • FDFビット: フレームがFDであることを示す。
  • BRSビット: データフェーズで高速ビットレートへ切替えるかを指定。
  • ESIビット: Error State Indicator。0でError Active、1でError Passiveを示す。
  • DLC: 0~8はClassic同様、9~15は拡張マッピング(12/16/20/24/32/48/64バイト)を表す。
  • CRC: ペイロード長に応じて17/21ビットCRCを使用し、信頼性を高める。

スループット向上の仕組み

CAN FDはヘッダや仲裁はほぼ従来通りで、実データ部のみを高速化する。このため、バス占有時間のうちオーバヘッドが支配的な短フレームでも効率向上が得られ、長いペイロード(例: 32~64バイト)ではさらに効果が大きい。結果としてECUフラッシュやログ収集、OTA更新などの所要時間を大幅に短縮できる。

互換性と混在運用

物理層レベルではClassic CANと同じ差動バス(CANH/CANL)を用いるが、Classic CANコントローラはFDフレームを正常受信できない。Classicノードが存在する単一バスでFDフレームを送るとエラーを引き起こす恐れがあるため、ゲートウェイでセグメント分離する、全ノードをFD対応に更新する、FDフレームを送らない運用とする、などの設計方針が必須である。

ビットタイミング設計

仲裁フェーズはノイズマージンを確保しやすい設定(サンプルポイント80%程度が目安)をとり、データフェーズでは配線長・エミッション・反射などとトレードオフで高速化(サンプルポイント70%前後の設計が一例)を行う。オシレータ許容誤差、プロパゲーション遅延、トランシーバの伝搬対称性を考慮し、遅延補償(TDC: Transmitter Delay Compensation)機能の活用も検討する。

物理層・配線とEMC

  • 終端: バス両端に120Ω、必要に応じてスプリット終端(60Ω+60ΩとGNDへの小容量C)でCMノイズ低減。
  • スタブ: 反射抑制のため短く(目安: 数十cm以下)。ブランチが多い場合は低速運用かセグメント化。
  • 共通モード範囲: FD対応トランシーバの仕様確認(±共通モード許容、ESD/サージ耐性)。
  • EMC対策: コモンモードチョーク、適切なシールド/アース、配線ペアのツイスト保持。

到達距離とビットレートの目安

一般にビットレートを上げるほど許容配線長は短くなる。設計実績の一例として、1 Mbpsで数十m、2 Mbpsで十数~数十m、5 Mbpsで数m~十数m程度が目安となる。ケーブル品質、ノード数、終端方法、環境ノイズにより変動するため、実機評価で安全マージンを見積もることが重要である。

エラー処理と信頼性

CAN FDでもエラーフレーム、ACK、再送の基本概念は踏襲される。長いペイロードに対し強化されたCRCとスタッフビット計数の導入により、ビットエラー検出力を確保する。ESIによりノードのエラーステートを可視化でき、診断の一助となる。

プロトコル上位と応用

上位プロトコルとしてISO-TP(ISO 15765-2)をFDに合わせて拡張したトランスポート、産業向けのJ1939-22、CANopen FDなどが用いられる。ユースケースは、ECUフラッシュ時間の短縮、バッテリマネジメント、レーダ/カメラのメタデータ転送、産業ロボットのセンサ統合、データロギング等、多岐にわたる。

設計チェックリスト

  • 「ISO CAN FD」準拠のコントローラ/トランシーバ選定(非ISO実装との混在回避)。
  • 仲裁/データ両フェーズのビットタイミング、TSEG/PROP/ SJW、BRS設定の一貫性。
  • DLCマッピング(9~15)と64バイトまでのPDU設計、フレーム分割方針。
  • 終端方式、スタブ長、配線インピーダンス、グランドリターン計画。
  • EMC/ESD/サージ試験計画(例: IEC 61000-4系)と対策部品のレイアウト最適化。

評価・デバッグの勘所

オシロスコープでの差動波形観測(立上り/立下り、リセスシブ/ドミナント遷移、反射波)と、バスアナライザでのFDフレームデコードを併用する。BRS境界のジッタ、ESIの推移、ACK欠落、再送頻度、ビットエラーレート、負荷率(バス占有率)を定量化し、目標スループットとエラーレートの両立を検証する。

補足: DLCと実データ長の対応

DLCは9~15でそれぞれ12/16/20/24/32/48/64バイトに対応する。上位層のPDU設計では、境界(8→12→16→…)でヘッダやセグメンテーション戦略を最適化し、無駄なパディングを避けると効率が上がる。

実装時の落とし穴

Classicノード混在バスでFDフレームを送信するとエラーが止まらない事例がある。移行期はゲートウェイで分割し、Classic側はClassic、FD側はFDとして運用する。さらに、ケーブル入替前提で過度なBRS設定を選ぶと量産環境での再現性が低下するため、プロトタイプ段階から配線・筐体・EMC条件を量産相当に近づけることが望ましい。

まとめにならない実務ポイント

  • 目的が「時間短縮」か「帯域拡張」かで、BRSやDLCの最適点は変わる。
  • バス長とノード数に応じて、段階的に2 Mbps→5 Mbpsと上げる。
  • ISO準拠の一貫性(コントローラ/トランシーバ/ツール)を担保する。
  • 評価は波形・プロトコル・EMCを同時並行で回すのが近道である。

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