温度上昇
温度上昇とは、対象物の温度が基準温度(環境温度や初期温度)より高くなる現象を指す概念であり、発熱量と放熱能力の不均衡から生じる。工学では定常状態における温度差(ΔT)と、過渡状態での時間応答を区別して評価する。ΔTは主として熱抵抗の総和と発熱率の積で表され、過渡応答は熱容量と熱抵抗の積により定まる時間定数で特徴づけられる。熱設計では、許容温度や寿命と直結するため、定量的な見積りと制御が不可欠である。
概念と指標
温度上昇の基本指標は、ΔT=T_object−T_ambientである。定常では発熱P(W)と総合熱抵抗R_th(K/W)の関係からΔT=P×R_thで近似できる。過渡では一次遅れモデルが多用され、T(t)=T_ambient+ΔT_∞(1−e^{−t/τ})が代表式となる。ここでτ=R_th×C_thであり、C_thは熱容量(J/K)である。設計では最大ΔT、立上がり時間、過熱マージンを主要KPIとして扱う。
熱発生の要因
- ジュール発熱:電気抵抗RでI^2Rの発熱が生じる。配線・コイル・半導体で支配的である。
- 粘性散逸・摩擦:軸受や流体機械で機械エネルギーが熱へ変換される。
- 磁気・誘電損失:ヒステリシス損、渦電流損、誘電正接損が交流で顕在化する。
- 化学反応・相変化:電池の内部反応、硬化反応、吸着・脱着に伴う発熱。
- 外乱吸収:太陽放射、対流・伝導逆流、放射吸収による加熱。
補足:発熱の空間分布
発熱は体積発熱q‴(W/m^3)や面発熱q″(W/m^2)として与えられることがあり、分布の非一様性はホットスポット形成と最大温度の増加を招く。均熱化のために材料・レイアウト・拡散層の設計が重要である。
伝熱経路とモデル化
伝熱は伝導・対流・放射で進み、フーリエ則q=−k∇T、ニュートンの冷却則q=hA(T_s−T_∞)、放射q=εσA(T_s^4−T_sur^4)が基本である。工学設計では熱抵抗ネットワークで表し、R_cond=L/(kA)、R_conv=1/(hA)、R_rad近似などを直列並列合成する。多層基板や筐体では経路ごとにR_thを積算し、主要ボトルネックを特定する。
補足:Biot数と内部温度勾配
Biot数Bi=hL_c/kが0.1未満なら塊状近似が妥当で内部温度はほぼ一様である。Biが大きい場合は内部伝導が支配的で、一次元〜三次元の伝熱方程式を解く必要がある。
過渡応答と時間定数
熱容量C_th=mc(質量mと比熱c)とR_thの組合せで時間定数τが決まり、立上がりや冷却の速度を支配する。複合系では多段RCにより多時間定数応答となり、初期は速い表面応答、後半は遅い内部拡散で支配される。実験ではステップ加熱やパルス加熱から時定数を推定し、モデル同定に用いる。
設計・運用上の対策
- 放熱性向上:ヒートシンク、フィン、ダクト設計、表面積拡大、粗さ・塗装の最適化。
- 熱伝導経路の低抵抗化:高熱伝導材料、熱界面材料(TIM)、締結圧の管理、ギャップフィラ。
- 対流促進:ファン・ブロワ、自然対流改善(姿勢・クリアランス)、流路圧損の低減。
- 放射利用:高放射率コーティング、内部放射を妨げない配置。
- 発熱源低減:効率向上、スイッチング損失削減、デレーティング(負荷・電流低減)。
- 制御:温度フィードバック、サーミスタやPTCを用いた保護、サーマルスロットリング。
- 実装技術:サーマルビア、スプレッド層、銅厚増、部品の熱的分離とホットスポット回避。
補足:環境条件の影響
周囲温度、気圧、高度、設置姿勢、他機器からの加熱、粉塵の堆積は対流・放熱性能を劣化させ、同一発熱でも温度上昇が増大する。環境仕様は設計早期に固定し、余裕度を確保すべきである。
計測と評価
計測は熱電対、抵抗温度計(RTD)、サーミスタ、IRサーモグラフィが一般的である。計測系の熱容量・接触熱抵抗による指示遅れや誤差に注意し、校正と不確かさ評価を行う。代表条件として周囲25℃・無風/規定風速でのΔT測定、連続運転・間欠運転でのピーク温度、熱衝撃の評価を整備する。データは統計処理し、最大・95%点・RMS温度を使い分ける。
故障モードと信頼性
温度上昇は絶縁劣化、半導体の熱暴走、潤滑油の酸化、電解コンデンサの寿命短縮、はんだクラック、樹脂の熱変形など多様な故障に波及する。一般に化学反応速度はアレニウス則で温度依存し、10℃上昇で寿命が半減する近似(経験則)が用いられる。熱サイクル・温度勾配は熱疲労を誘発するため、最大温度だけでなくΔT/サイクル数を管理する。
関連する数式と設計例
例:発熱P=15W、総合R_th=3K/Wの装置では定常ΔT=45Kであり、周囲35℃ならT≈80℃に達する。ここからR_thを2K/Wに低減できればΔT=30KとなりT≈65℃まで下がる。R_th低減の内訳(伝導・対流・放射)を要素分解し、感度解析で最も効果的な対策(例えばフィン増設やTIM改良)に資源を集中させるのが実務的である。
補足:安全と規格
可燃物近傍、人体接触面、バッテリやモータなどでは許容温度が規格・社内基準で定義される。測定位置の定義、環境再現、ワーストケース運用(高負荷・高周囲)の検証を満たす試験計画により、温度上昇を体系的に管理できる。