金属溶解|金属が固体の金属結合状態から溶媒中でイオン種へ移行する

金属溶解

金属溶解とは、金属が固体の金属結合状態から溶媒中でイオン種あるいは錯体として移行する現象である。腐食、酸洗・エッチング、湿式製錬(リーチング)、電解研磨や電気化学加工など多様な工学プロセスの根幹をなす。発生条件は熱力学(反応の自発性)と速度論(荷電移動・拡散)によって規定され、pH、酸化還元電位、溶存酸素、温度、イオン強度、配位子濃度、流れ場などの環境因子が速度と形態を決める。水溶液のみならず、溶融塩やスラグ、強酸・強塩基、有機溶媒系でも検討対象となる。

熱力学的条件

金属の溶解は自由エネルギー差により駆動される。反応のΔG=ΔG°+RT ln Qが負であれば自発である。電気化学的にはネルンスト式により電極電位E=E°+(RT/zF) ln aで表され、活量aや錯生成により平衡が移動する。ポアベー図(E–pH図)は安定相(溶解域・不働態域・免疫域)を可視化し、材料選定や薬液条件設定に有用である。塩化物やアンモニア等の配位子は金属イオンを錯体化し、溶解の駆動力を高めることが多い。

速度論と物質移動

実際の溶解速度は、アノード反応の荷電移動律速、カソード反応(O2還元・H+還元)律速、あるいは拡散境膜内の物質移動律速の重なりで決まる。ターフェル則に従う電流–過電圧関係、回転円盤電極で代表される境膜厚δの制御、撹拌・流速・乱流遷移による境膜低減が重要である。温度上昇は一般にアレニウス型に速度を増大させるが、副反応や不働態破壊も誘起しうる。

電気化学的溶解(アノード溶解)

腐食および電解加工では、M → Mz+ + z e がアノード側の基本反応である。対となるカソード反応は、酸性域での2H+ + 2e → H2、中性〜アルカリ域でのO2 + 2H2O + 4e → 4OHが代表的で、溶存酸素・pHが支配因子となる。Crを含む鉄系合金は酸化皮膜により不働態化し溶解が抑制されるが、塩化物存在下では皮膜欠陥で局部溶解(孔食)が進展しうる。電解研磨では拡散支配条件を意図的に作り、微細凸部の電場集中と粘性層形成で平滑化する。

化学的溶解と溶媒選択

非電解条件でも酸・塩基・配位子の組合せで高選択な溶解が可能である。非酸化性酸(HCl、H2SO4)はFeなどを速く溶解させ、酸化性酸(HNO3)は皮膜化により逆に溶解を抑えることがある。Alは両性であり、NaOH中で[Al(OH)4]として溶解する。CuはNH3で[Cu(NH3)4]2+錯体を形成しやすい。Au/AgはClやチオ硫酸塩による錯化で溶出可能で、湿式製錬に応用される。配位子設計は反応選択性・環境負荷の観点から極めて重要である。

溶解のモデル化

混成電位理論ではアノード・カソード分極の交点電流が腐食速度となる。物質移動律速では、r ≈ k·A·(C*−C)/δ と表せ、境膜厚δや有効表面積Aが支配的である。固体粒子の浸出は収縮核モデルで近似でき、界面反応律速、灰殻拡散律速、液相拡散律速の3形態を区別する。現場では質量収支と熱収支、pH緩衝、酸消費・酸化還元剤消費を同時に設計する。

不働態化と局部腐食

不働態皮膜は溶解を大幅に低減するが、塩化物や低pH、応力、温度上昇で破壊し、孔食・隙間腐食・応力腐食割れが発生する。臨界孔食温度(CPT)や臨界電位の測定は材料比較に有用である。高電位域ではCrのトランスパッシブ溶解やMo析出など複合現象が現れるため、試験条件はJIS/ISOに準拠し、再現性を確保すべきである。

湿式プロセスの代表例

  • 酸洗・スケール除去:HClやH2SO4に抑制剤を添加し基材の溶解を抑えつつ酸化皮膜のみを除去する。
  • 微細エッチング:FeCl3や過硫酸塩でCu等を制御溶解し、プリント配線板のパターニングに利用する。
  • 湿式製錬(リーチング):硫化鉱を酸化剤共存下で溶出し、抽出・イオン交換・電解採取で金属回収する。
  • 配管・装置腐食:流速・乱流・キャビテーションが境膜を薄化し溶解を加速、材料選定と内面処理が要点となる。

高温・溶融体系の溶解

溶融塩(NaCl–KCl系など)や製錬スラグ(CaO–SiO2–FeO系)では、酸素ポテンシャルと活量が溶解平衡を支配する。高温では拡散係数が大きく境膜抵抗が小さいため、界面反応や反応生成スケール層の成長が律速となりうる。反応ガス(O2、Cl2、H2)分圧の制御が不可欠である。

分析・評価法

溶解速度は重量減少法、電気化学的測定(分極曲線、EIS)、溶液分析(ICP-OES、ICP-MS、AAS、UV-Vis)で評価する。表面状態はXPS、SEM/EDS、AFM等で観察し、皮膜の組成・厚さ・欠陥分布を特定する。データは温度・pH・イオン強度・撹拌条件を明記して比較し、標準化手順(JIS/ISO)に従うことが望ましい。

制御と抑制の指針

工程では、pH・電位・温度・流速を管理し、必要に応じ抑制剤(アミン系、ベンゾトリアゾール系など)や酸化還元剤を併用する。装置設計では境膜制御のための撹拌・配管レイアウト、局部セル抑制のための電気的絶縁や犠牲陽極・外部電源方式の適用、適切なライニング・コーティングが効果的である。液管理としては溶存酸素除去、塩化物濃度制御、スラッジ分離・濾過、排液の中和・キレート分解除去が必須である。

安全・環境面の留意事項

強酸・強塩基・酸化剤・配位子の取扱いは化学防護と換気を徹底する。排液は法規とJIS/ISOの関連指針に合わせ、金属イオン・COD・pHを監視し適正処理を行う。プロセス変更時は熱・ガス発生や混触危険を再評価し、スケールアップでは界面積・境膜・滞留時間のスケーリング則を検証する。これらを系統的に運用することで、品質と安全性、コストおよび環境適合性を同時に満たす設計が可能となる。