イッテルビウム(Yb)|赤外レーザーの主要ドーパント

イッテルビウム(Yb)

イッテルビウム(Yb)は原子番号70のランタノイドに属する銀白色の金属元素である。電子配置は[Xe]4f14 6s2で、4f軌道が完全充填である点が特徴的である。酸化数は+3が基本であるが、4f14の閉殻配置を保つ+2も比較的安定で、これが他の希土類には少ない化学的挙動(強い還元性や独特の配位化学)を生む。金属自体は軟らかく展性・延性に富み、空気中で徐々に酸化するため、貯蔵には鉱油中や不活性雰囲気が用いられる。用途は高出力レーザー(Yb:YAG、Yb添加ファイバ)から量子情報(171Yb+イオントラップ)、工業用ガンマ線源(169Yb)、上方変換蛍光材料の増感剤など多岐にわたる。

基本データ

  • 元素名:イッテルビウム / 記号:Yb / 原子番号:70
  • 原子量:約173.045
  • 族・系列:ランタノイド(希土類)
  • 電子配置:[Xe]4f14 6s2
  • 代表酸化数:+3(一般的)、+2(比較的安定)
  • 密度:約6.97 g/cm3(室温)
  • 融点:約824 ℃、沸点:約1196 ℃
  • 磁性:Yb2+は4f14で反磁性、Yb3+は4f13で弱い常磁性
  • 外観・機械特性:銀白色で軟らかく、加工しやすい

物理・化学的性質

イッテルビウムはランタノイドの中でも融点・沸点が比較的低く、蒸気圧が高めである。同質異像を示し、温度・圧力条件で結晶構造が変化しうる。金属は湿気下で徐々に酸化し、粉末や薄片は発火の危険がある。希酸に溶けて水素を発生し、酸化物Yb2O3、ハロゲン化物YbX3(X=Cl, Br, I)を与える。Yb2+は閉殻f14のため安定で、ハロゲン化物YbX2(特にYbI2)は強力な還元剤として有名である。

二価安定化と反応性

Yb2+は4f14の閉殻ゆえに化学的に特異であり、YbI2やYbCl2は有機合成でカルボニル還元やカップリングに使われる。またYb(OTf)3(トリフラート)は水存在下でも機能するルイス酸として知られ、アセタール化やフリーデル・クラフツ型反応の触媒に用いられる。これらはイッテルビウムの価数可変性と配位柔軟性に起因する。

資源・製造

イッテルビウムは自然界で単独鉱物として産することは稀で、モナズ石やクセノタイムなどのリン酸塩・ケイ酸塩中に他の希土類と共存する。抽出は溶媒抽出やイオン交換による精密な分離が必要である。金属製造にはYbF3等のハロ化物をCaで還元する金属熱還元が用いられ、その後、比較的高い蒸気圧を利用した真空蒸留や帯域精製で高純度化する。

化合物・機能材料

酸化物Yb2O3はセラミックスや光学材料の母体として利用され、ハロゲン化物YbCl3は種々の配位子と錯体を形成する。Yb3+は近赤外(およそ980 nm近傍)で強い吸収を持つため、Er3+やTm3+と共添加された上方変換蛍光体で増感剤として働き、セキュリティ印刷や太陽電池のスペクトル変換に応用される。熱電材料ではYb14MnSb11などの化合物が低熱伝導・高性能で注目された例がある。

用途

レーザー分野ではイッテルビウム添加YAG(Yb:YAG)やYb添加ファイバレーザーが高効率・低量子欠損で知られる。発振波長は約1.03 μm帯で、940/976 nm付近のダイオードで高効率に励起でき、熱負荷が比較的低い。産業用の微細加工・溶接・切断、医療、LiDARなどで主力となっている。計測・量子情報では171Ybの原子時計(光格子時計)や、171Yb+のイオントラップ量子ビットが広く採用され、レーザー冷却・共鳴制御が成熟している。放射線源としては169Ybが工業用ガンマ線透過試験で利用される。

光学・フォトニクス

Ybドープ媒体は上準位寿命が長く励起準位の多重度が単純で、寄生発熱が少ないためスケーリングに向く。モードロックによるフェムト秒光源や周波数コム、増幅器(CPA)にも適合し、システムの信頼性・効率向上に寄与する。

量子・計測

171Yb原子の禁制遷移は狭線幅で、周波数標準として有望である。171Yb+は超微細準位を量子ビットに用い、レーザー波長群(例:369.5 nm冷却、935 nmリサイクル等)で高忠実度操作が可能である。

同位体

イッテルビウムには複数の安定同位体(168, 170, 171, 172, 173, 174, 176)が存在し、171と173は核スピンを持つためNMRや量子情報に資する。放射性同位体169Yb(半減期は数十日規模)は低〜中エネルギーのガンマ線を放出し、非破壊検査や医療分野の一部で使われる。

安全衛生・取り扱い

金属片は比較的安定だが、粉末状では発火性が増し、湿気・酸との反応で水素を生じるため、火気・着火源から隔離し不活性雰囲気で取り扱う。化合物は一般に低毒性とされるが、希土類粉じんは呼吸器刺激や肺負荷の懸念があるため、局所排気と適切な個人防護具を用いる。保管は密封容器内で光・湿気を避ける。

歴史

1878年、スイスのマリニャックがエルビアから分離した「イッテルビア」を報告し、これがイッテルビウムに対応する酸化物と認識された。その後、1907年にウルバンらがイッテルビアをさらに分割してルテチウムを確立し、命名はスウェーデンのイッテルビー村に由来する。純金属の製造法は20世紀前半に確立し、溶媒抽出やイオン交換の進歩で高純度化が進んだ。

工学的観点の要点

  • 材料選定:高出力光源・計測機器ではYbドープ媒質の熱管理・励起設計が性能を左右する。
  • 化学設計:Yb2+は強還元剤、Yb(OTf)3は水耐性ルイス酸として合成経路の短縮に有用。
  • プロセス:揮発性を活かした真空蒸留で高純度化が可能だが、粉じん・発火対策が必須。
  • 計測・量子:171Yb/171Yb+は周波数標準・量子ビットとして成熟度が高く、制御レーザーと磁場環境の安定化が鍵となる。