Z変換
Z変換は離散時間信号と線形時不変系(LTI)を複素変数zの関数として表す方法である。差分方程式を代数方程式に写像し、畳み込みを積の形に簡約できるため、安定性の判定、周波数応答の導出、ディジタルフィルタ設計に広く用いられる。連続時間のラプラス変換に対応する離散時間の枠組みであり、z平面上の極・零配置や収束領域(ROC)が本質的な役割を担う。
定義と収束領域(ROC)
離散時間信号x[n]のZ変換はX(z)=∑_{n=-∞}^{∞} x[n] z^{-n}で定義する。無限和が収束するzの集合がROCであり、一般に円環(|z|の下限と上限で挟まれる領域)となる。極はX(z)が無限大となる点で、零はX(z)=0となる点である。因果的な右片側信号ではROCは最外側の極の外側(∞方向)に広がり、安定(有界入力有界出力)であるためにはROCが単位円|z|=1を含む必要がある。
基本性質と設計上の効用
基本性質により解析が容易になる。線形性と時間シフト、畳み込み定理、n倍・微分対応が代表的である。これらは差分方程式の解法やフィルタの応答計算を大幅に簡略化する。
- 線形性: a x[n]+b y[n] ↔ aX(z)+bY(z)
- 時間シフト: x[n−n0] ↔ z^{-n0} X(z)
- 畳み込み定理: (x*y)[n] ↔ X(z)Y(z)
- n倍: n x[n] ↔ −z dX(z)/dz
逆Z変換の方法
逆変換はX(z)からx[n]を復元する操作で、ROCの指定が不可欠である。理論的には留数積分式 x[n]=(1/2πj)∮ X(z) z^{n−1} dz を用いるが、実務では次の手順が有効である。
- 有理関数化: 差分方程式からX(z)を分数形に整理する。
- 部分分数展開: 1次・2次因子ごとに分解する。
- 既知対表への対応付け: 既知のZ変換対に当てはめる。
- ROCで系列を決定: |z|の範囲により右片側/左片側を識別する。
ラプラス変換との関係
連続時間信号のサンプリング周期をTとすると、s平面とz平面はz=e^{sT}で写像される。従ってラプラス変換の極はz平面へ指数写像され、安定性条件は「s平面左半平面 ↔ z平面単位円内」に対応する。またアナログ設計をディジタルへ移す際には、インパルス不変法(極をz=e^{pT}に写す)や双一次変換(いわゆるbilinear法、s=(2/T)(1−z^{-1})/(1+z^{-1}))が頻用される。
安定性・因果性と極零配置
因果的LTI系の安定条件は、全ての極が単位円内に位置し、そのROCが単位円を含むことである。周波数応答はzの単位円上、z=e^{jω}にX(z)や伝達関数H(z)を評価することで得られ、これはDTFTに等価である。零を単位円上に適切に配置すれば特定周波数を減衰(ノッチ)でき、極を円内の所望位置に置くことで共振特性や急峻な遷移を得ることができる。ただし極が単位円に近づくほど長い過渡応答と感度上昇が生じる。
ディジタルフィルタ設計への応用
Z変換はFIR/IIRフィルタの設計・実装に不可欠である。FIRは有限長畳み込みのため常に安定で線形位相設計が容易である一方、IIRは少ない次数で鋭い特性を得やすいが極配置により安定性や感度が左右される。代表的設計法は次の通りである。
- 窓関数法: 理想周波数特性の逆Z変換を窓で切る。
- 周波数サンプリング法: H(e^{jω})を等間隔サンプルしIDFTで係数化。
- アナログ写像: bilinearやインパルス不変でH(s)→H(z)へ。
例: 基本信号のZ変換とROC
基本対を把握すると暗算的な設計や検算が速くなる。特に幾何級数の和とROCの対応に注意する。
- δ[n] ↔ 1 (ROC: 全平面、z≠0,∞の除外は文脈による)
- a^{n} u[n] ↔ 1/(1−a z^{-1}) (ROC: |z|>|a|)
- −a^{n−1} u[−n−1] ↔ 1/(1−a z^{-1}) (ROC: |z|<|a|)
- u[n] ↔ 1/(1−z^{-1}), ROCは|z|>1で因果的右片側列に対応
差分方程式と伝達関数
線形定係数差分方程式 ∑_{k=0}^{N} a_k y[n−k]=∑_{m=0}^{M} b_m x[n−m] にZ変換を施すと、Y(z)とX(z)の比 H(z)=Y(z)/X(z)=(∑ b_m z^{-m})/(∑ a_k z^{-k}) を得る。伝達関数の分母多項式の根が極、分子の根が零であり、安定化や感度低減の観点から実装形(Direct Form I/II, カスケード, ラダー)を選択する。量子化や丸め誤差は極零位置に影響するため、スケーリングや二重精度の適用が有効である。
数値実装上の注意
有限語長では丸め・飽和によりIIRでリミットサイクルが生じ得る。係数感度の高い高次系はセクション分割して二次節IIR(Biquad)として実装すると安定である。周波数応答の評価はz=e^{jω}を代入して行い、有限長データではDFTを用いる。設計仕様(通過域リップル、阻止域減衰、遷移帯域幅)は極零配置と直接関係し、試作段階では固定小数点でのスケール検討を早期に実施すべきである。