真空管
真空管は、陰極から放出される電子の流れを電極で制御して信号を整流・増幅・発振する電子デバイスである。ガラスまたは金属に封止された真空空間に陰極・陽極・格子を配置し、熱電子放出と電界制御で動作する。20世紀前半の無線通信、計算機、レーダーを支えた基幹素子であり、現在もオーディオ増幅器や高周波送信機、マイクロ波源など用途が残る。半導体の普及後も、高耐圧や過負荷時の寛容さ、ソフトなクリッピング特性など独自の利点を評価する分野が存在する。
構造と動作原理
典型的な真空管は、ヒーターで加熱された陰極(カソード)から放出される電子を、制御格子(グリッド)で制御し、陽極(プレート)で受け取る。制御格子に加える負電圧の大きさにより陽極電流が指数的に変化し、小信号は線形域で増幅される。高真空を維持するため、内部にはゲッタ材が封入され、製造後の焼き入れで残留気体を吸着する。四極管・五極管ではスクリーン・サプレッサ格子により容量結合や二次電子の影響を抑え、高利得と広帯域化を図る。
三極管の基礎
三極管は陰極・制御格子・陽極の最小構成で、増幅率μ、相互コンダクタンスgm、内部抵抗rpが基本パラメータである。直線性と低帰還でも自然な増幅が得られる一方、出力や利得は五極管やビーム管に劣る。負荷線をプレート特性に引き、静特性から動作点を定める設計手順が重要である。
代表的な種類
- 二極管:信号や電源の整流用。ヒータ付や整流専用構造をもつ。
- 三極管:小信号増幅、ドライバ段で用いられる。例として12AX7や300Bが知られる。
- 五極管・ビーム管:高利得・高出力が得られ、EL34や6L6などが代表的である。
- マイクロ波管:クライストロン、マグネトロン、進行波管(TWT)など高周波・大電力用途。
- 整流管:電源整流に特化し、内部抵抗が音響特性に影響する場合がある。
主要パラメータと定格
増幅率μは格子電圧変化に対するプレート電圧変化の比、gmは格子電圧に対するプレート電流の変化率、rpはプレートの見かけ抵抗を表す。定格にはプレート損失、最大プレート電圧、格子許容損失、ヒーター電圧・電流などがあり、動作点や放熱設計はこれらの範囲内で定める。プレート電圧はしばしば数百ボルトに達し、絶縁と安全対策が不可欠である。
バイアスと動作級
格子に与える直流バイアスは、カソード抵抗を用いるカソード・バイアスと、負電源を用いる固定バイアスに大別される。動作級はA級(全期間導通)、AB級(一部重複導通)、B級(半周期導通)、C級(発振や高周波用)に分類され、出力・効率・歪率のトレードオフで選択する。
回路構成の基礎
小信号増幅段ではRC結合が一般的で、広帯域性と安定性を得やすい。出力段は出力トランスで負荷と整合し、プッシュプル構成により偶次高調波を打ち消し、効率向上と出力向上を図る。局部発振や周波数変換にはLC共振やクリスタルを併用する。負帰還は帯域拡大と歪の低減に有効であるが、位相余裕の確保が必要である。
- 増幅回路:カソード・フォロワ、μフォロワ、SRPPなどインピーダンス整合に優れる。
- 発振回路:ハートレー、コルピッツなどの位相条件を満たす構成。
- 整流回路:フルブリッジ、チョークインプットで脈動低減や負荷特性を調整。
長所・短所
- 長所:高電圧・大電力に強く、過渡的な過負荷に寛容である。カットオフ近傍のソフトクリッピングや高周波耐性、放射線耐性も利点である。
- 短所:ヒーター電力と発熱が大きく、サイズと重量が増す。寿命や個体差、マイクロフォニック雑音、調整作業が必要になる。
製造・信頼性と保守
封止材の気密、真空度、電極支持の剛性が特性を左右する。ゲッタの状態は内部真空の維持に重要で、白濁は漏れや劣化の兆候である。実装では適正なソケット選定(オクタル、ノバル等)とシャーシの放熱設計が要点である。左右チャンネルで素子差を抑えるためマッチドペアの選定やエージングも行う。
歴史と応用
1890年代のエジソン効果観察とフレミングの二極管、ド・フォレストの三極管(Audion)により増幅素子として確立した。無線通信、放送、レーダー、電子計算機(ENIAC)を経て、半導体へと主役が移る。現代ではギターアンプやハイエンド・オーディオ、RF送信機、医療・計測用マイクロ波源、電子レンジのマグネトロンなどに用途が残る。
半導体との比較
トランジスタは小型・低消費電力・量産性で勝るが、真空管は高耐圧・過負荷耐性・滑らかな過渡応答に利点がある。高エネルギー放射線環境や超高周波では依然として有用である。設計では素子のばらつきを前提に、帰還量や動作点のマージンを十分に取ることが安定化の鍵である。
選定と実務上の注意
用途に応じてμ・gm・rp、最大プレート損失、ヒーター条件、ソケット種別を確認する。互換球や代替球の入手性、製造ロット差、マッチングの可否も考慮する。保守では高電圧の残留電荷をコンデンサで確実に放電し、測定器は耐圧と接地を徹底する。視認でプレートの赤熱、ゲッタ白濁、マイカの緩みなど異常兆候を点検する。