質量電荷比
質量電荷比とは、粒子の質量をその電荷で割った比であり、記号では一般にm/qで表す。単位はkg/Cである。磁場・電場中の荷電粒子の運動式や加速器、プラズマ計測、質量分析で中心的役割を果たす。なお逆数q/mは「比電荷(specific charge)」と呼ばれ、用途によりm/qとq/mを使い分ける。化学・計測分野では電荷数をz(素電荷eの整数倍)とし、m/zを指標に用いることが多い。歴史的にはJ.J.トムソンによる電子のq/m測定が有名で、荷電粒子の同定・分離技術の基礎を築いた。
定義と表記
質量電荷比はm/qで定義され、電荷の符号を含む。比電荷はq/mで単位はC/kgである。質量分析では電荷数zを用い、m/z = m/(z e)と表す(しばしば|z|を用いる)。ここでeは素電荷で、電子や陽子の電荷の大きさに等しい。
物理的背景(ローレンツ力と円運動)
磁場B中で速度vの荷電粒子(電荷q)はローレンツ力により半径rの円運動をする。ローレンツ力q v Bと向心力m v^2/rを等置するとr = m v/(q B)であり、したがって質量電荷比はm/q = r B / vと求まる。速度選別に電場Eと磁場を直交配置したWienフィルタを使いv = E/Bとすれば、m/q = r B^2 / Eと書ける。
主な測定法
- サイクロトロン(周波数)法:角周波数
ω = qB/mよりm/q = B/ω。共鳴周波数から高精度で決まる。 - 磁場偏向(トムソン)法:速度選別後に磁場偏向させ、検出面の放物線から
m/qを復元する古典的手法。 - 飛行時間型(TOF-MS):加速電圧
Vでz e V = (1/2) m v^2、飛行距離L・時間tからm/(z e) = 2 V (t/L)^2。質量分析(質量分析)で広く用いられる。
単位・次元と換算
SIにおける質量電荷比の単位はkg/C、比電荷はC/kgである。質量を原子質量単位u、電荷をz eで表す慣習も多い(質量分析のm/z表記)。クーロンの法則や1 e = 1.602×10^-19 C、1 u = 1.6605×10^-27 kgなどの定数を併用して換算する。
数値例(代表粒子)
- 電子:
m_e/q_e = 9.109×10^-31 / 1.602×10^-19 ≈ 5.69×10^-12 kg/C。逆に比電荷はq_e/m_e ≈ -1.76×10^11 C/kg(負符号はq_e<0による)。 - 陽子:
m_p/e ≈ 1.67×10^-27 / 1.602×10^-19 ≈ 1.04×10^-8 kg/C。比電荷は≈ 9.58×10^7 C/kg。 - 多価イオン:同じ質量でも
|z|が大きいほどm/zは小さく、分離能が向上する。
応用分野
質量電荷比は、(1)同位体・分子の同定と定量(TOF、四重極、イオントラップ等)、(2)ビーム光学・加速器での軌道・共鳴条件設計、(3)プラズマ・宇宙線計測での粒子分布推定などに利用される。設計ではr = m v/(q B)やω = qB/mが基本式となる。
注意点(符号・相対論・表記)
(a)質量電荷比m/qは電荷の符号を含むため、負イオンや電子では負値になる。(b)高エネルギー領域では相対論的運動量p = γ m vを用い、r = p/(qB)で評価する。(c)化学的文脈のm/zは多くの場合|z|を想定する。(d)電場・磁場の不均一、空間電荷効果は測定誤差となるため補正が必要である。
歴史的背景と意義
J.J.トムソンは陰極線の偏向実験から電子のq/mを世界で初めて精密に求め、物質が離散的電荷を持つこと、電子という基本粒子の存在を示した。その後の加速器技術や原子核物理、質量分析計の発展は、質量電荷比の高精度測定と制御技術の進化に大きく依存している。
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