焼き石膏(アナハイドライト)
焼き石膏(アナハイドライト)は、天然の二水石膏(CaSO4・2H2O)を高温で焼成して結晶水をほぼ完全に除去した無水硫酸カルシウム(CaSO4)である。半水石膏(CaSO4・0.5H2O、いわゆるプラスター)より反応性が低く、ゆっくりと水和して二水石膏へ戻る性質をもつ。床用セルフレベリング材、セメントの凝結調整剤、乾燥剤、土質安定材などに利用され、建材分野と化学工業の双方で重要な基材である。
化学組成と結晶相
主成分はCaSO4であり、石膏系材料は温度と水分により相が変化する。二水石膏(dihydrate)→半水石膏(hemihydrate:α型/β型)→無水石膏(anhydrite)という順で脱水が進む。無水石膏には、比較的低温域で生成して水と反応しやすい可溶性無水石膏(通称III相)と、高温で生成して反応性が低い不溶性無水石膏(II相)がある。実用の焼き石膏は両者の混在や粒度分布で性能が決まる。
製造法
製造は原料の純度管理と温度管理が要点である。天然石膏または副生石膏(例:排煙脱硫由来)を乾燥・粉砕した後、回転炉や流動層炉で目標相になるまで焼成する。必要に応じて急冷や時効を施し、所定粒度に整粒して出荷する。以下は代表的工程である。
- 原料調整:石膏の純度・不純物(Cl⁻、F⁻、有機分)を評価
- 脱水焼成:200–600℃域で相制御(半水→無水)
- 冷却・熟成:水和性の安定化
- 粉砕・分級:用途に応じた粒度分布へ調整
物性と水和・硬化機構
無水石膏は水存在下でゆっくり二水石膏へ戻り、結晶の成長と絡み合いで硬化体を形成する。半水石膏に比べ初期反応は穏やかで、発熱も小さい。K2SO4やNa2SO4、微量のCa(OH)2などの活性化剤を併用すると水和が促進され、初期強度の立ち上がりが改善する。硬化体は緻密で乾燥収縮が小さい一方、低温・低湿では反応進行が遅い。
半水石膏との比較
半水石膏と無水石膏は同じCaSO4系だが、施工性と硬化挙動が異なる。用途選定では次の差異が指標となる。
- 反応性:半水石膏は速硬、無水石膏は遅硬でコントロール性に優れる
- 水量:無水系は水量が少なめでもワーカビリティ確保が可能
- 発熱:無水系は発熱が小さく大断面や床材に適する
- 微細構造:無水系は緻密化しやすく、磨耗・寸法安定性に寄与
主な用途
床用セルフレベリング材(流動性・平滑性重視)、不陸調整層、発熱抑制が必要な厚物充填材、セメントの凝結調整、乾燥剤(CaSO4無水物)、硫酸源、土壌改良などが代表例である。モルタルや床材では低収縮・低発熱の利点が生きる。
品質規格と評価項目
評価は化学成分(CaSO4含有率、遊離水・強熱減量)、相組成(XRD)、粒度(ふるい残分、BET比表面積)、反応性(凝結時間、標準稠度)、力学特性(圧縮・曲げ強さ)、体積安定性などで行う。標準砂を用いた試験体での強さと凝結管理が実務上の鍵である。
施工・配合設計上の注意
無水石膏系は温湿度の影響を受けやすい。低温・低湿では遅延しやすいため、プライマーで下地吸水を制御し、適温で養生する。硫酸塩は他の結合材と相互作用するため、コンクリートや異種バインダーと併用する際はアルカリ度・溶解イオンの適合性を事前確認する。貯蔵は防湿密閉が原則である。
環境・資源面の視点
副生石膏(排煙脱硫石膏等)の高度利用は資源循環の要である。焼成に熱エネルギーを要する一方、製造時CO2はセメントクリンカに比べて発生が小さく、床材などでの代替は環境負荷低減に寄与しうる。解体系の粉体再生やリサイクルも検討が進む。
名称・定義の補足
“Anhydrite”は“無水”を意味する“anhydros”に由来する。日本語では「無水石膏」「焼き石膏」と表記されることがあるが、半水石膏(プラスター)と区別して用語を整理することが望ましい。文脈により可溶性/不溶性の相区別を明示する。