スルホン酸
スルホン酸は一般式R–SO3Hで表される強酸性有機化合物である。官能基–SO3Hは硫黄の+6酸化数に由来し、三つのS=O結合の共鳴安定化により強い酸性を示す。英語ではsulfonic acidと呼ばれ、カルボン酸と比べてpKaが著しく低い(例:methanesulfonic acidはおよそ−1.9、benzenesulfonic acidは約−2.5付近)ため、水中でほぼ完全に電離する。水溶性塩(sulfonate)や誘導体が洗浄剤、触媒、電解質膜など多方面で用いられる。
酸性と物性の特徴
スルホン酸は強酸であり、希薄水溶液でもプロトン供与能が高い。沸点・融点は同炭素数のカルボン酸より高く、非揮発性であることが多い。陰イオンRSO3−は三つの酸素に負電荷が分散し安定で、これが酸性の強さに直結する。固体や高沸点液体として扱いやすく、有機溶媒にも可溶な例が多い。
代表例と用途
- スルホン酸の代表例:methanesulfonic acid(MSA)、benzenesulfonic acid、p-toluenesulfonic acid(p-TsOH)。
- 用途:p-TsOHは有機合成のブレンステッド酸触媒として脱水・アセタール化に広用。MSAは電解めっき浴やエステル化の酸触媒として有用。芳香族スルホン酸塩は染料・医薬の水溶化に寄与する。
- 高分子分野:sulfonated polystyrene系陽イオン交換樹脂、perfluorosulfonic acid膜(例:Nafion)は燃料電池のプロトン伝導媒体として知られる。
合成:芳香族のスルホン化
芳香族スルホン酸はSO3/H2SO4(oleumを含む)による求電子置換で合成する。EAS機構でスルホニウム中間体を経て–SO3Hが導入され、条件により平衡で可逆(高温水蒸気で脱スルホン酸化)となる。–SO3Hは強い電子求引性で、以後の置換配向はmeta志向となる点が設計上重要である。
工業合成の留意点
ベンゼンやトルエンのスルホン酸化では、副反応としてスルホン化度の過剰進行、着色、粘度上昇が起こりうる。温度・SO3活性・滞留時間の最適化、反応後の中和・塩形成や溶媒調整で品質を制御する。
脂肪族への導入と誘導体化
脂肪族スルホン酸はSO3の付加やラジカル的経路で得られるが、条件はやや苛烈である。得られたスルホン酸やその塩(alkanesulfonate)は界面活性剤原料として機能する。さらにスルホン酸からの誘導体化が実用上重要で、sulfonyl chloride(RSO2Cl)を経てsulfonamide(–SO2–NH–)やsulfone(–SO2–)へと変換できる。
トシル化と脱離基設計
p-TsClでアルコールをトシル化するとtosylate(RO–SO2–Ar)が得られ、優れた脱離基としてSN2やE2反応を促進する。これはスルホン酸基の陰イオン安定化に基づく一般則である。
分析・同定
- 酸塩基滴定:強酸として直接滴定可能。対応塩の等量点から含有量を求める。
- IR:S=O伸縮はおよそ1040–1200 cm−1帯に強い吸収。O–Hの広帯域も特徴。
- NMR:芳香族スルホン酸では芳香環プロトンの脱遮蔽が進み、置換位置診断に利用する。
環境・安全性
スルホン酸は腐食性で皮膚・眼を刺激するため、耐酸手袋・保護眼鏡を用いる。多くは低揮発で吸入リスクは比較的小さいが、微粒子やミスト化は避ける。アルカリで中和しやすく、水溶性塩は環境中で生分解性を示す系もあるが、長鎖アルキルスルホン酸塩は水域影響に留意する。
命名法と表記
国際命名では「炭化水素名+sulfonic acid」を用いる(例:benzenesulfonic acid)。慣用略号としてp-toluenesulfonic acidはp-TsOH、methanesulfonic acidはMSAと記す。塩は「sulfonate」、ハロゲン化物は「sulfonyl halide」と表す。
比較:カルボン酸との相違
スルホン酸はカルボン酸より強酸で、逆抽出やイオン交換で挙動が異なる。求電子置換での指向性、誘導体の反応性(特にsulfonateの脱離性)、高温安定性や非揮発性といった点で分離・プロセス設計上の選好が変わる。
産業応用の要点
- 触媒:p-TsOHやMSAは強酸でありながら取り扱いやすく、有機合成の均一酸として重用。
- 材料:イオン交換樹脂やプロトン伝導膜はスルホン酸基の固定化で機能を発現。
- 洗浄:直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)は洗剤の主要成分として使用される。