非同盟諸国首脳会議
非同盟諸国首脳会議は、米ソを中心とする冷戦構造の下で、いずれの軍事同盟にも正式に属さず、自主独立と平和共存を掲げる諸国が首脳級で協議する国際会議である。独立直後のアジア・アフリカ諸国を中心に、主権尊重、内政不干渉、反植民地主義、軍縮、経済格差の是正などを共通課題として形成され、後に「非同盟運動」の最高レベルの意思表明の場となった。
成立の背景
第2次世界大戦後、多くの地域で独立国家が誕生した一方、世界は米国陣営とソ連陣営の対立に引き込まれ、軍事ブロック化が進んだ。新興独立国にとっては、安全保障と経済開発を確保しつつ、主権を損なわずに外交余地を残すことが切実であった。こうした問題意識は、1955年のバンドン会議で可視化され、アジア・アフリカの連帯と平和原則の確認が、その後の首脳会議構想の土台となった。
第1回会議と基本理念
1961年、ユーゴスラビアのベオグラードで初の首脳会議が開かれ、運動の骨格が整えられた。主導的役割を担ったのは、インドのネルー、エジプトのナセル、ユーゴスラビアのチトーらであり、彼らは軍事同盟への参加回避だけでなく、国際秩序のあり方そのものに対する発言権の確保を目指した。
- 主権平等と領土保全の尊重
- 内政不干渉と紛争の平和的解決
- 人種差別と植民地支配への反対
- 軍拡の抑制と軍縮の促進
会議の仕組みと運営
非同盟諸国首脳会議は、一定間隔で開催される首脳級会合を中心に、外相会合や調整会合を積み重ねて共同文書を採択する。制度化された条約機構というより、政治的合意を積み上げる運動体であり、参加国の多様性を前提に、最大公約数を見いだす運営が特徴である。議長国が任期中に調整を主導し、国際社会に向けた声明や決議案の形成を図る。
加盟の意味合い
「非同盟」は中立の同義語ではなく、主体的な外交選択を通じて大国の圧力を相対化しようとする姿勢を指す。そのため、実際には安全保障協力や経済援助の受領を行う国も含まれ、理念と現実の間で緊張が生じやすい点が運動の宿命であった。
主要議題の展開
初期の焦点は、植民地支配の解体と民族自決の支持、軍拡競争への反対であった。とりわけ核兵器問題は、被害当事者でない国も含めて国際倫理の問題として扱われ、核実験停止や軍縮交渉の加速を求める声が強まった。さらに、政治的独立だけでは主権は不完全であるとして、南北格差の是正、一次産品価格の不安定、債務問題など、経済秩序改革の要求へと議題は拡大した。
- 反植民地主義と人種差別撤廃
- 軍縮と地域紛争の抑止
- 開発資金と技術移転の拡充
- 国際貿易条件の改善と資源主権
国連外交との連動
参加国の多くは国際場裏での発言力を強めるため、国連総会などでの協調行動を重視した。多数派形成による議題設定や決議採択は、非同盟の存在感を示す手段となり、平和維持、脱植民地化、経済開発といった論点で一定の影響を及ぼした。もっとも、地域紛争や体制差、援助関係をめぐって足並みが揃わない局面も多く、統一行動の限界も同時に露呈した。
冷戦後の変化と課題
米ソ対立が終結すると、非同盟諸国首脳会議の「同盟に与しない」という軸は再定義を迫られた。大国間対立の構図が単純化しない時代には、紛争の性格が内戦化・複合化し、テロ、難民、気候変動、食料・エネルギー安全保障といった課題が前面に出る。運動はなお、主権尊重と多国間主義を唱える場として機能し得るが、加盟国の国益が多方向に分岐するほど、共通の政策目標を鮮明に打ち出す難度は高まるのである。
国際政治史上の位置づけ
非同盟諸国首脳会議は、第三世界の自己主張が国際政治に制度的な通路を持った点で重要である。軍事力の優位ではなく、数と規範によって交渉力を得ようとした試みであり、独立の連鎖が生んだ国際社会の多元化を象徴した。理念と実態のずれ、内部対立という限界を抱えつつも、戦後世界が二極だけで説明できないことを示した政治史的意義は大きい。