電磁ブレーキ
電磁ブレーキは、コイルに通電して発生させた磁力でアーマチュアやディスクを吸引し、摩擦力や磁気抵抗力を利用して回転を制動・保持する機械要素である。電動機の非常停止や位置保持、搬送機の停止精度向上、巻取り張力の安定化などに広く用いられる。電源の有無で作動が決まる励磁作動型(power-on brake)と、バネ力で制動し通電で解除するフェイルセーフ型(spring-applied, power-off brake)が代表的であり、用途に応じて渦電流式、パウダー式、ヒステリシス式など非接触方式も選択される。
作動原理と磁気回路
電磁ブレーキはコイルのアンペアターン NI に比例する磁束によってアーマチュアを吸引し、接触面での法線力 N を生じさせる。摩擦式では制動トルク T は概ね T=μ·N·r_eq で見積もる(μ は摩擦係数、r_eq は等価半径)。吸引ギャップ g が小さいほど吸引力は増すが、残留磁気により解除が遅れるため、ギャップ設定と材質選定(低残留の磁性材、非磁性シム)が重要である。磁気回路はヨーク、コイル、アーマチュア、エアギャップで構成され、漏洩磁束の低減と均一な圧力分布がトルク安定性を左右する。
主な方式と特徴
- 摩擦式(励磁作動型):通電で吸引・圧着し制動する。応答が速く、位置決めに適する。
- フェイルセーフ式(spring-applied):無通電でバネにより制動、通電で解除する。非常停止や保持用途に最適。
- 渦電流式:導体ディスクに渦電流を生じ、非接触で速度比例の制動力を発生。摩耗が少ない。
- パウダー/ヒステリシス式:磁性粉・磁気ヒステリシスを用い、滑らかな連続トルクや張力制御に向く。
摩擦式は停止保持に強く、渦電流やヒステリシスは速度依存の制動で連続運転に適する。フェイルセーフは安全要求の高い装置で標準となる。
構成要素と材料
- ヨーク・コイル:定格電圧(例:24 V DC)と抵抗 R から消費電力 P=V^2/R を見積もる。耐熱等級に留意。
- アーマチュア・圧着スプリング:均一な面圧と疲労寿命を確保。スプリングは高温でのへたり対策が必要。
- 摩擦材:レジン系、焼結金属、カーボン系など。μ、許容面圧、熱伝導率で選定する。
- 手動解放機構・隙間調整:保全性と安全のための付属機構。
- 固定ハードウェア:軸継手、キー、ボルトなどの締結で芯振れとバックラッシュを抑える。
設計指標と計算の要点
必要制動トルク T_req は慣性 J と減速度 α から T_inertia=J·α を求め、負荷・摩擦・安全率 K_s を加味して T_req≥K_s·T_N(カタログ定格)を満たすよう選ぶ。停止エネルギーは E=0.5·J·(ω_1^2−ω_2^2)。繰返し使用では 1 サイクル当たり許容仕事量 J_a と平均発熱を確認する。応答時間は t_on(吸引)と t_off(解除)に分かれ、コイルインダクタンス L と保護素子の定数に依存する。残留磁気は解除遅れとドラグの原因になるため、非磁性インサートやデミャグ設計で抑制する。
電気回路と制御(DC駆動)
整流電源で駆動する場合、コイルの逆起電力対策としてフライホイールダイオードや TVS を入れる。ダイオードのみでは電流減衰が遅く t_off が伸びるため、Zener 並列やダイオード+抵抗でエネルギーを速く抜く。通電初期に over-excitation(ブースト)して吸引を加速し、その後 PWM 低デューティで保持電力を下げると、発熱と消費電力を抑えられる。AC 駆動では半波整流ブロックを用いるか、専用ドライバで直流化して特性を安定させる。
応答短縮とノイズ低減
t_on 短縮には電圧ブースト、t_off 短縮には逆極性印加や Zener クランプが有効である。機械側の鳴き(キー音)は面圧ムラや共振が原因で、面粗さの調整、斜め溝、ダンパ材で低減できる。電磁ノイズは急峻な di/dt に起因するため、配線ツイストや配線分離、スナバで抑える。
熱設計と寿命
連続スリップや高頻度制動では、摩擦面の発熱とコイル銅損の合計が温度上昇を支配する。熱抵抗網でコイル温度を推定し、周囲温度、通風、放熱フィン、熱容量を考慮する。摩擦材は温度で μ が低下するため、定格トルクは温度補正を行う。寿命は摩耗量、スプリング疲労、軸受や継手のがたで決まり、定期点検(隙間測定・電流値ログ)が有効である。
安全・規格適合
機械安全では ISO 13849-1 や IEC 62061 に基づく PL/SIL 設計が求められ、保持用フェイルセーフ電磁ブレーキは冗長化や診断(DCavg)で要求 PFH/PFD を満たす。配線・停止カテゴリは IEC 60204-1 に準拠し、駆動系の STO(Safe Torque Off)と機械的保持の役割分担を明確化する。自動車分野では ISO 26262、汎用産業では IEC 61508 を参照し、フェイルサイレントではなく安全側停止となる設計思想を徹底する。
選定手順(実務フロー)
- 負荷条件の把握:J、速度 ω、要求停止時間 t_d から T_inertia を算出。外力・勾配・安全率を加える。
- エネルギ評価:1 サイクルの E とデューティから平均発熱と J_a を確認。
- 方式選定:保持中心ならフェイルセーフ、連続スリップなら渦電流/パウダー。
- 電源と駆動:定格 V、ブースト・PWM 可否、t_on/t_off 要求を満たすドライバを選ぶ。
- 機械取付:軸サイズ、ハブ形状、芯出し、バックラッシュ対策、手動解放の有無。
- 環境条件:温度、粉塵、油分、湿気、保護等級、騒音。
- 安全要求:PL/SIL、監視(通電監視、位置検出)、非常停止との連携。
- 検証:制動距離、温度上昇、応答時間、寿命試験の確認。
適用例と設計留意点
ロボット関節やサーボ軸の位置保持、AGV・搬送ローラの停止、包装機・プレス機の非常停止、ワインダーの張力制御などが代表例である。サーボ軸ではモータの STO と電磁ブレーキ保持を併用し、フォールバック時も落下や滑りを防ぐ。垂直軸では逆転トルクや偏荷重が大きく、安全率を高める。油分付着は μ を著しく下げるため、遮蔽と清掃設計を行う。
よくある不具合と対策
- 解除遅れ/ドラグ:残留磁気・ダイオード保持で t_off が長い。Zener クランプや非磁性シムで改善。
- トルク不足:面圧不足・摩擦材劣化・油膜。隙間再調整と材質見直し、遮蔽強化。
- コイル焼損:過電圧・通電過多。PWM 保持と温度監視、定格順守。
- 鳴き・振動:面圧ムラ・共振。面粗さ最適化、スリット、ダンパ追加。
- ばらつき:ギャップや組立誤差。治具改善と全数ギャップ測定。