電子エネルギー損失スペクトル(EELS)|高分解能の化学結合と局所構造解析

電子エネルギー損失スペクトル(EELS)

電子エネルギー損失スペクトル(EELS)は、透過型電子顕微鏡(TEM)や走査透過電子顕微鏡(STEM)において、試料を透過した電子の非弾性散乱によるエネルギー損失を分光する手法である。電子が試料中でプラズモン励起、価電子帯‐伝導帯遷移、あるいは内殻電子の電離を起こすと、入射電子は特徴的なエネルギーを失う。この損失エネルギーをスペクトルとして取得することで、元素同定、化学結合状態、原子価、局所構造、さらにはバンドギャップなどの電子物性まで解析できる。微小領域を走査しスペクトル像化(Spectrum Imaging)すれば、ナノスケールの元素マッピングや化学状態マッピングが可能となる。

原理と装置構成

EELSはエネルギーフィルタを用い、透過電子のエネルギー分布を分散・検出する。代表的には磁場プリズム型のポストカラム型フィルタ(例:GIF)やカラム内蔵型フィルタが用いられる。ゼロ損失ピーク(ZLP)を基準に各損失成分を分離し、分散(eV/ピクセル)とスリット幅で分解能と信号強度を最適化する。モノクロメータを併用すれば、エネルギー分解能はサブeVから十数meVまで到達し、微細な近傍微細構造の解析が可能となる。

スペクトルの区分と特徴

  • 低損失領域(約0–50 eV):プラズモンピーク(典型的に10–30 eV)、価電子励起、バンドギャップ起源の立ち上がりなどを含む。誘電関数の取得や屈折率推定にも用いる。
  • 内殻損失領域(約50 eV以上):K、L、Mなどの内殻イオン化端が現れ、元素固有のエッジエネルギーから同定・定量が可能である。

ELNESとEXELFS

内殻エッジ近傍の微細構造(ELNES)は、未占有状態密度と局所対称性・配位環境に敏感で、sp²/sp³の判別や遷移金属の配位多面体、酸化状態の識別に有効である。さらに高エネルギー側に現れる振動構造(EXELFS)は、近接原子までの局所構造情報を与え、XAFSに類似の解析が行える。

定量分析の手順

定量は、背景成分をE=AE−rのべき関数で外挿して差し引き、エッジしきい値上の一定ウィンドウで積分(面積法)し、断面積またはk係数で規格化して原子比を求める。標準試料を用いたk係数法は装置差を吸収しやすい。軽元素(B、C、N、Oなど)はEELSの感度が高く、EDSと相補的な役割を持つ。

空間分解能とSTEM-EELS

STEMモードではプローブ径がサブナノメートルに達し、界面・粒界・転位芯などの局所構造に沿ったラインプロファイルやマッピングが可能である。スペクトル像化では各画素に完全なスペクトルを保持するため、後処理で任意のエネルギー窓を再構成し、化学状態や価数の空間分布を抽出できる。

エネルギー分解能とモノクロメータの利点

モノクロメータによりZLPが狭まり、バンドギャップ測定やELNESの精密解析が安定化する。近年は十数meV級の分解能により、フォノン励起を捉える振動EELS(Aloof法を含む)も実用化し、触媒や低次元材料の局所振動状態計測に貢献している。

試料厚さと多重散乱の補正

試料厚さtは平均自由行程λを用いたログ比法(t/λ=ln(It/I0))で見積もる。厚い試料では多重散乱によりピークが広がるため、低損失スペクトルを用いたフーリエ-ログデコンボリューションで単散乱成分を回復する。適正厚さ(概ねt/λ≲1)を保つことが分解能と定量性の両立に重要である。

試料作製とビームダメージ

集束イオンビーム(FIB)薄片化では最終段階の低kVミリングで損傷層を低減する。炭素汚染を抑えるために前処理プラズマクリーニングや高真空保持が有効である。ビーム感受性材料(有機、リチウム化合物、ハロゲン化物など)では低線量・低加速電圧・クライオ条件の最適化が必要となる。

エネルギー軸の較正と安定化

ZLP位置を基準にエネルギー軸を校正し、ドリフト補正を併用して長時間測定の安定性を確保する。分散設定、スリット幅、収束・収集角の整合を取り、コレクション半角をエッジの選択則や失活関数の角度依存性に合わせて設計することが望ましい。

EDS/WDSとの相補性

EELSは薄片試料における軽元素感度と化学状態選択性に優れる。一方、EDS/WDSは厚い試料や定量の汎用性に利点がある。STEM同時取得(EELS+EDS)により、元素分布と価数・配位の対応付けが容易になり、材料評価の信頼性が高まる。

代表的応用例

  • 酸化物・遷移金属の価数マッピング(L3/L2強度比、白線形状)
  • 半導体のバンドギャップ推定と欠陥準位の示唆
  • 二次元材料の界面・端部における化学結合の差異の可視化
  • リチウムイオン電池正極のNi/Co/Mn価数分布の経時変化追跡