鉄(Fe)
鉄(Fe)は地殻に豊富に存在し、合金化や熱処理により強度・靭性・加工性・耐食性・磁性を幅広く調整できる基幹材料である。原子番号26、原子量55.845、融点1538℃、沸点2862℃、密度約7.87 g/cm3であり、常温では体心立方構造により高い降伏強さと強磁性を示す。工業では高炉–転炉(BF–BOF)や電炉(EAF)で製錬し、炭素や合金元素を制御して炭素鋼、合金鋼、工具鋼、ステンレス鋼などへ展開する。機械・建設・輸送・エネルギー分野に不可欠で、リサイクル循環も確立している。
基本特性
常温相のα-Feはbccで強磁性を持つ。酸化数は+2と+3が代表で、塩化物や硫酸塩など多様な錯体を形成する。延性・靭性に富む一方、未合金状態では耐食性に限界があるため、塗装・めっき・不動態化などの表面処理やCr、Ni、Mo等の添加で性能を補う。熱・電気伝導率は中程度で、熱膨張や弾性率の温度依存性が設計上の重要事項となる。
結晶構造と相変態
鉄は温度により結晶系が変化する。常温のα(bcc)は約912℃でγ(fcc)へ、約1394℃でδ(bcc)へ相変態する。強磁性はおよそ770℃(キュリー温度)で消失し常磁性となる。合金元素は変態点を移動させ、焼入性や焼戻し軟化抵抗に影響する。これらの相変態は組織制御と機械特性最適化の基礎である。
Fe–C状態図と代表組織
Fe–C系では、0.76% C・727℃付近で共析反応が起こり、オーステナイト(γ)からフェライト(α)とセメンタイト(Fe3C)の層状混合組織パーライトが生成する。低炭素側では延性に富むフェライトが主体、中炭素では強度と靭性が両立、高炭素側では硬度が高い。急冷でマルテンサイト、等温保持でベイナイトなどを得て、用途に応じた特性を設計する。
熱処理(焼ならし・焼なまし・焼入れ・焼戻し)
焼ならしは鋳造や溶接後の組織微細化に有効で、寸法安定性と強度を整える。焼なましは内部応力緩和・延性回復を目的とする。焼入れはオーステナイト化後に急冷してマルテンサイトを形成し高硬度を得るが、脆くなるため焼戻しで靭性を回復する。表面硬化では浸炭・窒化・高周波焼入れにより、表層硬度と耐摩耗性を高めつつ芯部靭性を保持できる。
合金設計と鋼種
炭素鋼はコストと加工性のバランスに優れる基礎材料である。Crは焼入性と耐食性、Niは靭性、Moは高温強度や焼戻し軟化抵抗、V・Nb・Tiは炭窒化物析出による粒径制御と析出強化に寄与する。ステンレス鋼はCr≥10.5%による不動態皮膜で耐食性を実現し、オーステナイト系・フェライト系・マルテンサイト系などに区分される。工具鋼は高硬度・耐摩耗性を要求され、熱間・冷間・高速度鋼に分類される。
機械的性質と評価
引張強さ、降伏応力、伸び、絞り、衝撃吸収エネルギー(シャルピー値)などで評価する。結晶粒微細化はハル–ペッチ関係に従い強度を高め、清浄度や介在物制御は靭性に直結する。低温では遷移温度を境に脆性破壊が顕在化しやすく、成分・熱処理・板厚・拘束条件の最適化が必要である。
腐食挙動と防食
鉄は湿食・乾食・孔食・すきま腐食など多様な腐食形態を示す。大気中では酸素と水により水酸化物を経て赤錆が生成する。防食策としては塗装、溶融亜鉛めっき、犠牲陽極法、カソード防食、合金化による不動態化がある。ステンレスはCr2O3皮膜で自然不動態化するが、塩化物環境では孔食感受性が増すためMo添加や表面仕上げが有効である。
磁性と電磁材料
鉄(Fe)は代表的強磁性体であり、電磁鋼板ではSi添加によりヒステリシス損失と渦電流損失を低減する。無方向性電磁鋼板は回転機、方向性電磁鋼板は変圧器鉄心に用いられ、磁区制御と薄板化が高効率化の鍵である。粉末コアやアモルファス・ナノ結晶軟磁性材料も用途に応じて選択される。
製造プロセス
高炉で鉄鉱石を還元して溶銑を得て、転炉で脱炭・合金調整するBF–BOFルートが大量生産に適する。電炉(EAF)はスクラップやDRI/HBIを原料とし、脱炭柔軟性とCO2削減余地が大きい。二次精錬(LF、RH等)で清浄度と成分精密化を図り、連続鋳造後、熱間・冷間圧延、鍛造、熱処理、表面処理へと工程が続く。粉末冶金は近似最終形状と特性付与に有効である。
用途と設計ポイント
建築・橋梁・配管、車体・シャーシ・歯車・軸、船舶・鉄道・発電設備、家電筐体・モータ・変圧器などに広く使われる。設計では強度–靭性–溶接性–成形性–耐食性–コストのトレードオフを整理し、必要機能に応じて鋼種、板厚、熱処理、表面処理を最適化する。
- 構造用:低合金高強度鋼、制御圧延・析出強化で高靭性化
- 機械要素:浸炭・窒化による表面硬化で耐摩耗性確保
- 耐食用途:ステンレス鋼や耐候性鋼の選定
- 電磁用途:損失低減設計と積層・打抜き品質管理
環境・リサイクル
鉄(Fe)は回収・再溶解が容易で循環性が高い。EAF比率拡大、低炭素電源の導入、DRIの水素還元、プロセス最適化による省エネルギーが脱炭素の主流である。LCAの観点では使用段階の軽量化・高効率化も重要で、設計段階での材料選択と部品統合が効果を持つ。
規格・記号
材料選定にはJISやISOの規格体系が有用である。例としてJIS G 3101(一般構造用圧延鋼材)、JIS G 4051(機械構造用炭素鋼鋼材)、JIS G 4303(ステンレス鋼棒)などがあり、化学成分・機械的性質・試験法が定義される。AISI–SAE記号は国際資料の照合に役立つ。
安全・取扱い
研削粉や酸化鉄粉末は吸入防止と防爆対策が必要である。高温材の取り扱い、溶接ヒュームの管理、酸洗・電解工程の薬液安全、磁気機器近傍での保守手順など、製造・加工・保全の各場面でリスクアセスメントを行う。
要点の整理
鉄(Fe)は相変態制御と合金設計、熱処理・表面処理・製鋼精錬の総合最適化により、強度・靭性・成形性・耐食性・磁性を用途別に設計できる産業の中核材料である。状態図理解と品質管理は信頼性確保の要であり、環境負荷低減と循環設計が今後の競争力を左右する。