迷走電流
迷走電流(stray current)とは、本来の帰路を外れて土壌・水分・構造体・配管・建築鉄骨・ケーブルシースなどに流出し、腐食・誤動作・安全性低下を引き起こす直流または低周波成分の電流をいう。特に直流電鉄(DC牽引)やカソード防食設備、溶接機、直流電源を備える産業設備では発生ポテンシャルが高く、鋼管や鉄筋コンクリートに対する電食被害が問題となる。現象は見えないが、電位勾配・電流密度・土壌抵抗率・接触抵抗の相互作用として理解する。
定義と発生源
迷走電流は、意図した帰線・接地網・シールドを外れて、より低インピーダンスの経路へ漏えいする電流である。主な発生源は、直流電鉄の帰線(レール)からの漏れ、外部電源防食(ICCP)設備の過大印加、溶接作業時の接地取り不良、整流器・充電器群の漏洩、変電設備の不平衡、さらには高電圧交流の誘導・整流による準直流成分である。都市トンネル・地下駅・共同溝・地下配管密集域で問題化しやすい。
物理メカニズム
- 電位勾配:電源—帰路間の電位差が土壌・構造体に分布し、最小インピーダンス経路へ電流が拡散する。
- 媒質インピーダンス:土壌抵抗率、含水率、温度、イオン濃度、コンクリート中の含水・塩分が実効抵抗を規定する。
- 電食反応:漏れ電流の「流出側(陽極側)」で金属溶解が生じ、電流密度に比例して腐食率が増大する(Faradayの法則)。
- 接触抵抗:レール―道床、配管―土壌、鉄筋―コンクリート界面の抵抗が電流分布を決める。
主な影響
金属配管・ケーブルシース・鋼構造の電食、コンクリート鉄筋の発錆・膨張による剥離・ひび割れ、信号・計測系の誤動作(ゼロ点ずれ、ノイズ混入)、接触電圧の上昇による感電リスク、通信・制御線の誤トリップなどが代表的である。鉄道沿線ではレール近傍の埋設鋼管の孔食や漏えい事故が典型である。
対象分野と事例
鉄道(DC 600–1500V)では、レールから地盤へ漏れた迷走電流が埋設配管に流入・流出し電食を誘発する。帰線強化のためのインピーダンスボンドやレール間ボンディング、道床絶縁向上が鍵となる。石油・ガス・水道の長距離配管、化学プラントの接地網、データセンターの等電位ボンディング、港湾・沿岸の鋼構造、トンネル覆工・地中連続壁などでも管理対象である。
評価・測定方法
- 電位測定:構造物—参照電極(Cu/CuSO4など)間の瞬時・平均電位を取得し、電位勾配を把握する。
- 電流測定:導体・配管にクランプメータで直流成分を測る。区間ごとの電流差から漏えい位置を推定する。
- クーポン試験:既知面積の金属片(coupon)で電流密度・腐食傾向を評価する。
- 土壌抵抗率:Wenner四探針法で層状地盤のρを推定し、拡散モデルに反映させる。
- レール—地抵抗:軌道区間の帰線特性を測定し、漏えい率を評価する。
測定上の注意
直流成分と交流誘導の分離、列車運行・負荷サイクルによる時間変動、雨天・融雪剤・潮汐による含水率変化、参照電極設置の再現性確保、遮断瞬時電位(off-potential)の取得などが重要である。
解析とモデル化
現象は回路網近似と連続体解析の両面で扱う。帰線・配管・鋼材・コンクリート・土壌を分布定数要素として表し、Laplace方程式に基づく電位分布と境界条件(接触抵抗・被覆欠陥)で解く。有限要素法(FEM)や境界要素法(BEM)により、等電位線・電流密度・陽極点の空間分布を可視化し、最悪点の電食速度を見積もる。インピーダンスボンドの選定、帰線抵抗低減、ボンディング配置は感度解析で最適化する。
対策と設計の要点
- 帰線強化:レール間・変電所—レールの低抵抗ボンディング、インピーダンスボンド配置最適化、補助帰線の敷設。
- 絶縁管理:絶縁継手・絶縁座金・被覆の品質維持、道床の絶縁抵抗向上、漏れ箇所の封止。
- ドレイン(排流)回路:被害側構造物—帰線間に整流素子・抵抗を介在させ、電位差が生じたときのみ選択的に電流を回収する。
- カソード防食との整合:犠牲陽極・外部電源防食の設定(電位・電流)を調整し、相互干渉を抑える。
- 等電位ボンディング:設備内の導電体を短く太く接続し、電位差・循環電流を低減する。
- モニタリング:電位・電流・環境因子(温湿度・塩化物)の連続監視としきい値アラームを設計段階から組み込む。
鉄道特有の配慮
軌道回路や信号保安との電磁両立性(EMC)を満たす範囲で帰線を強化し、第三軌条・架空電車線方式ごとの漏えい特性を評価する。コンクリート軌道では床版の含水・ひび割れが迷走電流の経路となるため、防水層・排水設計が効果的である。
規格・指針と文書化
接地・電食・EMCに関するJIS・IEC・EN・ISOの関連規格や、鉄道・配管業界の実務指針を参照する。プロジェクトでは設計前調査(既設配管図・接地図・負荷プロフィール)、設計根拠(モデル条件・許容電位差・許容電流密度)、試験要領(測定法・参照電極・評価基準)、維持管理計画(点検周期・閾値・是正手順)を体系化して文書化することが望ましい。
関連概念の整理
- 電食(stray current corrosion):陽極側の金属溶解現象。
- ガルバニック腐食:異種金属間の電位差による腐食で、迷走電流とは原因が異なるが併発しうる。
- 接地抵抗・土壌抵抗率:電流拡散と電位分布の基礎物性。
- 等電位ボンディング・シールド:電位差抑制とノイズ低減の基本設計。
- ドレインボンド・インピーダンスボンド:帰線・回収の要素機器。
実務上のチェックリスト
- 漏えい源の同定(系統図・運用パターン・負荷履歴の整理)
- 電位・電流・環境の同時測定と時系列解析
- モデル同定(抵抗率・接触抵抗・欠陥位置)と対策の感度解析
- 対策後の検証(off-potential・電流密度・腐食指標)と継続監視