近傍界|電磁界の近接領域を体系的に解説

近傍界

近傍界とは、電磁界源(アンテナ、配線、コイル、筐体開口など)のごく近傍に形成される電磁界領域であり、空間を伝搬していく平面波近似が成り立つ遠方領域とは性質が大きく異なる。ここでは電界Eと磁界Hの位相が一致せず、エネルギーが局所的に貯蔵・授受される「反応」的ふるまいが支配的になる。一般に波長λに対し観測距離rが十分小さい(r≪λ/2π)範囲が近傍界とされ、結合は1/r³や1/r²に比例する項が顕著であるため、導体・部品配置の微細な変化が結合量を大きく左右する。

定義と範囲

近傍界は便宜上、反応近傍界(reactive near-field)と放射近傍界(radiating near-field, Fresnel領域)に分ける。反応近傍界はr≪λ/2πで、非伝搬成分が卓越する。放射近傍界は反応成分が弱まりつつも波面が未だ球面・曲面で、遠方の平面波条件に達していない領域を指す。アンテナ等の物理サイズDを考慮すると、実務ではおおよそr≲0.62√(D³/λ)が反応近傍界、0.62√(D³/λ)≲r≲2D²/λが放射近傍界、r≫2D²/λが遠方界(Fraunhofer)という経験式が用いられる。

電界・磁界の位相と距離依存性

遠方界ではEとHはほぼ同相でE/H≒一定(自由空間インピーダンス)に近づく。一方近傍界ではEとHの位相差が生じ、E優勢(静電的)またはH優勢(準静磁的)となる。源からの距離に対する減衰は、反応近傍界で1/r³、放射近傍界で1/r²、遠方界で1/rが代表的である。よって、微小ループや配線の面積・向き・距離がわずかに変わるだけで結合量(誘導・容量結合)が大きく変化し、不要放射や感度低下の主要因となる。

測定と可視化

近傍界の評価には、E場・H場プローブを用いたスキャニング(near-field scanning)が有効である。ループ型(H場)やモノポール型(E場)プローブを被測定物の表面近傍で掃引し、ホットスポット(漏洩点、共振点、意図しないアンテナ化部分)をマッピングする。プローブの存在自体が系に負荷を与える点、位置再現性・高さ制御、帯域・感度、プローブの校正・等価回路理解が実務上の要点である。EMCプリスキャンや故障解析では、再現性の高い治具・位置決めが成果を左右する。

設計・抑制の要点

回路・レイアウトでは近傍界結合の源(高di/dtのループ、高dv/dtのノード、共振構造)を特定し、(1)ループ面積の極小化(帰路の直下配線、スタックアップ最適化)、(2)インピーダンス連続性の確保(グランドスロット回避、リターンパス遮断の是正)、(3)デカップリングの配置最短化と低ESL部品の採用、(4)エッジ・開口のシール(ガスケット、シールドビア)、(5)コモンモード抑制(CMチョーク、バランス化)、(6)スルーホール/スタブの共振回避などを徹底する。機構側では導電塗装やシールドカバー、シーム設計が効く。

アンテナ設計における扱い

アンテナ周辺の近傍界は給電・整合・放射効率・感度に直結する。整合回路や筐体・手の近接、基板エッジや金属部品がE/H分布を乱し、共振周波数や放射パターンを変化させる。上記の0.62√(D³/λ)、2D²/λといった経験式は、測定環境(電波暗室、近傍界スキャナ)や数値解析のパラメータ選定(観測面の半径、サンプリング密度)に有用である。携帯端末・IoT機器では筐体内の地絡・ベゼル・FPCが未意図の結合路となり、トレードオフの中心課題となる。

数値解析と近似モデル

近傍界を厳密に扱うにはMaxwell方程式に基づくFEMやFDTDが有効である。一方、周波数・寸法関係が許す場合、準静電(electroquasistatic)や準静磁(magnetoquasistatic)の近似で回路モデルへ還元でき、設計初期の感度解析が迅速になる。等価ループ・等価ダイポール、モーメント法、表面インピーダンス境界条件の活用により、発生源の物理像(どの電流が、どの面積で、どの方向へ放射・結合しているか)を直観しやすくする。

EMC/EMIとの関係

放射エミッションの本質は近傍界の電流・電荷分布が遠方へ変換される過程にある。よって、遠方界規格に合格していても、近傍での感度劣化や機器間干渉が残ることがある。放射イミュニティの代表的な規格(例えばIEC 61000-4-3)は平面波近似を仮定するが、実機の実装環境ではケーブル・開口・筐体縁が近傍界に起因するホットスポットとなり、誤動作のトリガーとなりうる。デバッグでは近傍スキャンと対策の反復で結合経路を閉じていくことが肝要である。

周波数とスケール感

λ=c/fより、周波数が高いほど近傍界は空間的に狭くなる。例えば1 GHzではλ≒30 cmで、r≪λ/2π≒4.8 cmが反応近傍界の目安である。逆に低周波の磁界源(大電流ループ、電源トランス)では反応近傍界が広がり、室内スケールでH場が問題化する。設計では対象周波数の支配モード(静電/準静磁/伝搬)を見極め、優先すべき結合メカニズム(容量性か誘導性か)を判別して対策資源を配分する。

実務でのチェックリスト

  • 高di/dtループの面積・高さ・帰路を可視化して最短閉路化する。
  • 高dv/dtノードの寄生成分(容量・インダクタンス)を見積もり、スナバやスローミングで制御する。
  • 筐体開口・継ぎ目・コネクタ周辺の近傍界をスキャンし、シールドの連続性を確保する。
  • ケーブルのコモンモード経路を抑制(CMチョーク、接地、レイアウト)する。
  • プロト段階から近傍スキャンを取り入れ、対策の効果を定量ループで確認する。